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「消費のための消費」からの卒業

今日ホームセンターから980円のゴミ箱を買ってきました。
直前に100円ショップにもいきましたが、色、デザイン、形で満足するモノがなく、その後に行ったホームセンターでは、上記3つにで希望に近く、表面仕上げの質感もなかなかいいのがあったので、価格差880円でしたが購入してきました。

何のお話かというと、モノを手に入れる時に「安い」という基準を最優先する時代はもう終わりじゃないかな、ということです。

100円ショップの品質

数年前までは、100円ショップの商品はデザイン、機能で見劣りしていたとしても、品質、耐久性では、そんなに問題はなかったと感じています。
銀チャも男鹿に戻ってくる前は、首都圏のウイークリーマンションを転々とするような勤務状況でしたので、あまり荷物は持っていかずに、必要になったものを現地の100円ショップで購入する、という生活でした。
その頃に購入した100円ショップの商品でも、今でも使えているものがあるぐらいで、耐久性という意味では全く問題ありませんでした。

ところが、去年購入した100円ショップのハンガーは、購入当日、ちょっと力がかかっただけですぐ壊れてしまいました。
他にも、ティーキャンドルが途中で立ち消えたり、かと思えば、ロウ全体に一気に燃え広がって炎上したり。

品質および耐久性という意味では、全く信用できなくなっています。

消費のための消費

結果、節約しようとして100円ショップに行ったのに、結果、他のモノを買わないといけない結果になってみたり。
これは、単純に100円ショップでモノを買うのをよそう、という話ではないと感じています。

例えば、引越し等で全く新しい住環境に入る場合を除くと、大抵の家庭には生活するに十分なモノがすでにあるのが、今の日本の普通の家庭だと考えられます。
それでは、日本人は、なぜ100円ショップをはじめとした、ディスカウントショップに行くのか?

答えの一つは「消費を楽しみたいから」だと思っています。
つまり、本当に必要なモノを買うのではなく、買い物自体を楽しんでいるのではないか、というコトです。
いわば「消費のための消費」です。
もちろん、日本人全体の収入が落ちているわけなので、高価なモノを買うわけにはいきません。
結果的にディスカウントショップのようなお店に向かっているのが現状だと思うのですが、しかし、そこでは最低限必要な基準すら満たさないモノしか手に入りません。

モノにかけるべきコストを見抜く力

正直、「消費のための消費」が許された時代は、もう過去のモノになってきていると感じます。
必要なモノを手に入れる場合に、今までは「安いから、これでいいや」という選び方でも通用したものが、今後は通用しなくなるはずです。

自分に必要な「モノ」に対して、必要な「要件」「品質」「耐久性」等を見抜き、必要な「コスト」を概算した上で商品を選ぶスキルが必要になってくるはずです。
これがなければ、自分に必要な「モノ」を手に入れられず、本来「モノ」を買うことによって手に入れられる「幸せ」や「メリット」を享受できる時は、永遠に訪れません。

このあたりで、日本全体が「消費のための消費」という不要な経済を回す活動から卒業するべき時期が来てるようです。


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Published in 意見には個人差が…

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