山海の恵み豊富な男鹿半島で、ITと、自転車と、豊かなカントリーライフの実践めざして精進しております。銀チャでございます。

今日は、紅茶のティーパックが欲しくてKALDI(御所野イオン)に行って来ました。
ほんとに紅茶買うだけなので、たぶん店内にいたのは10分ぐらい。

昼ころに行きましたが、駐車場もほぼ満車で、店内も人がたくさん。
みなさんがどの程度買い物してたのかは分かりませんが「賑わい」には事欠いてませんでした。
そんな中、皆さんが何を基準に買い物してるのかな、なんてことをふと考えてみました。

かつての賑わいは、今ここに



イオンに来る度に思うことは、かつての駅前の賑わいは今はここにあるんだ、というコト。

駅前の中心市街地が衰退したからといって、みなさん買い物をしなくなったのではなくて、車で行くのに不便な駅前ではなくて、広い無料駐車場があるイオンはじめ、大型スーパー(イトク、ト一屋、アマノ、マックスバリュ)やホームセンター(コメリ、ホーマック)、ドラッグストア(ツルハ、薬王堂)で買い物するようになっただけのコト。
どのお店も、広い面積を生かして品揃えは豊富です。

そう考えると、中心市街地の再開発などと声をあげて税金投入を呼びかけている方々は、果たして何を目指しているのか不安になります。
市民が、便利なお店で快適に買物をしているのに、なぜ、不便で品揃えの悪い駅前で買い物をしなければならいのか?
非常に謎です。

買うモノの質的変化



かつての広小路で買っていたモノと、今イオンで買っていたモノには質的な違いがあるように思います。

ちょっと昔話になりますが、銀チャが子供の頃に秋田駅前に遊びに行く時は協働社でした。
脇にある駐車場にスズキフロントで家族4人で出かけていってました。
駅から遠い順に、広小路を協働社、木内、マルサン、デンコードー、ヨーカドーと。
今のフォーラスの所は駅前ジャスコでしたね。
西武やダイエーが進出してきたのはちょっと後だったと思います。
今も残っているのは、木内と西武だけというのはなんとも。

その当時の買い物の楽しみは、家にまだ無いもの買って帰る喜びだったように思います。
日常生活品は近くのお店やスーパーで買ってましたので、前から欲しかったちょっと良いモノを家に持って帰れる喜びだったような気がします。
子供なら玩具とかマンガとか、大人なら洋服とか、家具とか、家電品とか。
男鹿からなので、たまにしか行けないわけですが、その分喜びが大きかったかもしれません。

翻って、今イオンで買い物をする時には何を買っているのでしょう。

当然ですが、今は大抵のモノは既に家の中にほとんど揃っています。
服で考えても、普段着から、よそ行き、勝負服に作業服、趣味やスポーツ向けの専用ウエアも含めて、1~2着と言わず、何着も持っている家庭が多そうです。

そんな人でも、もっとオシャレな、もっとカッコイイ、もっと機能的な、もっとカラフルな服を見つけると、購入を考えてしまいます。
もちろん、それは「生活必需品」でもなければ「前から欲しかったモノ」でもなく「今もっと欲しいモノ」というような表現になるのでしょうか?
なくても困りませんし、他所様からみすぼらしいと見られるわけでもないのですが、それ以上に「今欲しい」という感覚を刺激してくれるモノが、今イオンのようなお店に並んでいる気がします。

消費者としての意識



無駄遣いだから、そんなことはやめるべき!
というのは簡単ですが、現実として「欲しい」と思っている人がいる以上は、それを他人に対して言うことは無意味です。
実際、そこでの購買行動がなければ、企業もお店も成立しませんで、日本の経済はますます衰退しますし、そんなことを望んでいるわけではないです。

ですが、その購買行動による消費がもたらす意味は、意識しておくべきなんだと思います。
ポイントとしては

1.誰が、何処で作っているのか?
2.どのような流通を経て、ここで販売されているのか?
3.この商品は、自分にとってどんな価値をもたらすのか?

最低、この3つ。

特に3つめの「自分にとっての価値」は、十分に意識することで消費者としてのレベルアップにつながるはずです。
先程も書いたように、今、大抵のモノは家庭に既にあります。
同種のモノを買うのであれば、今までに比べてどれだけ価値をもたらすのかは意識せずに買うのは、やはり無駄遣いです。

自分だけの価値の見極め



例えば、自転車に付けるライトで考えてみます。
自転車のライトは法律で義務付けられているので、必ずライトが付いているはずですが、その種類はさまざまです。
一番安価なのは、スイッチを入れると、タイヤに小さなローラーが押し付けられて発電をするタイプ。
これはタイヤへの抵抗が大きいので、ペダルが重くなり、あまり快適とはいえません。

同種のライトで本体のカラーが異なるモノであれば、見栄えは良くなりますがペダルは重いままです。
これを乾電池式のモノに替えると、ライトを付けてもペダルは軽いままです、今までよりだいぶ付加価値が高くなりました。
さらに、太陽電池パネルがついていれば、電池を交換する必要もありません。
その上で、オシャレなデザインならば、なお良しです。
こうして、基準を考えていくと、自分にとって本当に価値があるモノが何かが明確になると思います。

さらに大事なコトは、この価値は自分だけのものであるというコトです。
自転車用ライトの例は、スポーツサイクルが大好きな銀チャにとっては大事な価値基準ですが、自転車を持ってもいない人にとっては全く意味のない価値です。

何か、いつもと違うコトを書いてるような気もしますが、いちおう繋がっています。
地方が力をつけていくには、こうした消費の仕組みを感じて行かないと立ち行かないと考えているからです。
無分別にイオンで買い物をし続けるコトは、地方の財貨を中央に持っていくだけで、衰退を加速します。
その財貨を払うべきか否かを、モノの価値にもとづいて判断できるようになるのが、けっこう重要だと考えています。

まぁ、長くなりましたので、今日のところはこのへんで。
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