Skip to content →

リソースを開放しない既存プレイヤー

山海の恵み豊富な男鹿半島で、ITと、自転車と、豊かなカントリーライフの実践めざして精進しております。銀チャでございます。

自分だけの価値を明確にする、という記事を書きましたが、もう少し続けましょう。
人が何を基準にモノを買うのか、どんなサービスにお金を払うのか、というのは大事なテーマです。

今、地方の衰退と、その活性化についての声が各地であがってくるものの、いっこうにそれに関しての成果は聞こえて来ません。
この件においては、何か重大な勘違いをしているように感じています。

消費をしない消費者

今の消費者は消費をしません。
いきなりの提起ですが、かつて消費者と呼ばれた人たちが、昔と同じようにお金を使っている状況にないのは明らかです。

かつて家の中にはなにもなく、懸命に働いて稼いだお金で、少しずつ家の中にモノが増えてきたのが昭和の時代、高度経済成長というとんでもない高成長を成した時代。
この時代、必需品から贅沢品まで、家の中には何も無い時代ですから、お店にモノを並べるだけで、何でも売れた時代です。

翻って現代は、家の中には大抵のモノが揃っている時代。
必需品だろうが、贅沢品であろうが、ほとんどモノがある状況です。
食料や消耗品は、必要に応じて購入しますが、それ以外のモノはもう既にあるのです。

つまり、かつて消費者が消費したモノは、もう既に消費されるモノではなくなった、というコトです。

この結果、今までと同様の商品を、同様のビジネスモデルで売る店は次々と閉店を余儀なくされ、全国にシャッター街が展開されていきます。
これは、誰の責任でもなく、消費の動向が変わった以上、お店の役割も終わったと考えれば自然なことです。

例えば、男鹿市船川の商店街も、かつてはどこのお店も賑わっていましたが、今は半分は閉店。
開いているお店も、大半はただ開いているだけ。
かつての好景気時代に稼いだ資産で、十分に老後を暮らせる蓄えがあるため、あえて売上アップを目指して仕掛ける必要のないお店。
今の時代を見つめながらお店を変化させて、新しい価値を提供している店舗は片手の数で足ります。

閉店も倒産も悪いことではない

銀チャは閉店も倒産も悪いことではないと思います。
役割を終えたお店や工場が、表舞台から退場することは健全な、むしろ推奨されるべきです。

商店街のお店が閉店しても、消費者は郊外のスーパーや量販店でモノを買えますし、海外の工場で同様のモノが安く同じ程度の品質で製造され続けます。
困ることは、ほとんどありません。

閉店や倒産によって、今まで占有されてきたリソース(人材や不動産)が開放され、それらが新しい産業を作り出すリソースとして活用されれば何の問題もないはずです。

問題は、今まで築きあげてきた実績に固執してしまい、リソースの占有・解放のサイクルが滞り、次の世代にリソースを活用するチャンスが回ってこないことです。
今の日本、特に地方経済はまさにこの状況のなかでリソースが硬直したまま衰退を迎えています。

パソコンの中身に喩えてみると

いちおうITを職にしている身ですので、パソコンを例に説明してみましょう。
町の大きさや活用できる資金の量には限りがあり、これがOSで管理するメモリに相当すると思っていください。

町はOSそのものです。
メモリを活用して、商店主やサービス提供者は自分達のプログラム(事業)を動かします。
スタート直後は、おおいに活用されたプログラムは、時代がかわりユーザー側の要望が変化してくれば、やがて既存のプログラムは使われなくなります。

使われなくなったプログラムは終了させて、新しいプログラムをインストールして起動させていかなければ、ユーザーがパソコンを使う意味は何もないのですが、プログラムの終了を頑なに拒んでいるのが現状というわけです。
質が悪いのは、プログラムは終了したのに、メモリ解放を行わなかったりすると、状況がさらに悪化します。

それでも一部のプログラムは、機能性向上や、ニーズへの最適化を行いながらアップデートを続けているのですが、それは僅かです。

ほとんどプログラムが役に立たなくなったユーザーは、ブラウザ経由でネットサービス(これが郊外の店舗や、まさにネットサービス)を利用し始めて、思いのほか快適なので、現状、別に新しいプログラムを求めなくなった、というあたりが現状です。

町をまるごと再生したいのであれば、OS自体の入れ替えが必要な時期が来ているのですが、これを行いたくないユーザーは、ひたすらブラウザの利用に終始する…そのうちにOS時代のサポート期限(町の終焉?)を迎えようとしている。

けっこう符合してますね。まるでM社の来年サポート期限を迎えるOSのようです。
こう考えると、もうこのまま終焉を迎えるのが自然なように思えてきます。
もうパソコンごと買い換えるしかないのかも。

サービスの本質

最新のパソコンのOSではクラウド化が進み、リソースはパソコンの中ではなくネットサービス上に展開する傾向がますます強まってきました。
もうOS(町・商店街)に固執する時代ではなくなってきたのだと思います。

お店一つにしても、消費者にとっては特定のお店で買い物をするのが目的ではなく、商品を入手するのが目的です。
かつては、それがOS(町・商店街)の中でしか実現できないから利用していたのが、今はブラウザを立ちあげてネットサービス(郊外店、ネットサービス)を利用すれば、目的を果たせる時代になりました。

ユーザーに必要なサービスとは何で、それを提供するために必要なのは何か、そこに既存の商店の役割があるのかどうか、一定の結論を出す時期がきています。
自分は地方の商店街に残されている役割は、僅かか、もう失われてしまったか、だと思います。

ユーザーに価値を与えてくれる商品やサービスを提供するためには、本当に価値があるものは何かを、サービスを提供する側が考えていかなければ、何も変わらないまま緩やかな終焉が待っているはずです。

地方都市の商店街の多くの役割は、既に終了しリソースの解放のみが望まれています。


— ads by google —

Published in 意見には個人差が… 田舎でこそ活きる

Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。