今日出かけた集まりで、面白い話題が出ました。

「良いこととすれば、いずれ自分に良いことが帰ってきて、悪いことをすれば、いつかは自分に悪いことが帰ってくる」

言ってみれば良悪総量の保存則のようなものってあるのだろうか。
というお話。

他の方々のお話では、「田舎ではお互いに良い関係性を築かないと後々成り立たない」とか、「人によって良し悪しが違うんじゃないの」とか、「良いとこをした時には、自分が幸せな気持ちになってるから、それで十分じゃない」とか。
いろいろなご意見でまして、なるほどなるほど、という時間でした。

良悪保存の法則はない



あらためて自分で考えてみると、自分は良悪総量の保存則というものは、ないんじゃないかと考えます。

良いことしてる人間に、いつかご褒美がるとも限らないし、悪人が必ず裁かれる世の中でもない。
そうした良悪を含めての多様性があるのが、現在社会のような気がします。

実際、100%の良いこととか、100%の悪いこと(犯罪行為は除く)って何よって言われると、正直答えに窮します。
人間のすることなので、良い面と悪い面が入り交じっていて、そのバランスで組み上がっている気がします。
あまりに100%の良いこととか、人間じゃなくて神様や天使様のお話になりそうです。
たいていの場合、神様もけっこういい加減で自分勝手ですし。

良いことしてると思ったら負け



男鹿に戻ってきて自営業をしている関係上、なるべく他の方々の接点を持つべく、いろいろな活動に顔をだすようにしてます。
いわゆる地域おこしや、地域活性化とよばれるような活動(本人はあまりそうは思ってないですが)にも参加してますが、極論、そうゆう活動に参加したからと言って、「自分は良いことしてるなぁ」なんて思ったら負けです。
その程度のことを「良いこと」なんて思ってたら、それまでだと思ってます。

ちょっと話がそれますが、正直、今の地方の状況は深刻です。
若い世代からは「逃げ切り世代」などと呼ばれてしまっている、高度経済成長期にたくさん稼いだ世代を除けば、若い世代は既存の産業に頼って稼ぐことが難しくなってきました。
どの産業も人口減少による売上の減少からは逃れられず、若い人を次世代の戦力として育て上げる余力がなくなってしまい、結果として、若い世代は今までとは別のビジネスモデルで稼いでいかないといけないのです。
その意味で、ちょっと仲間で集まって、ちょっと活動して、ちょっと褒められたぐらいでは、地方の深刻な現状を脱する糸口すらつかめない状況です。
その状況で「良いこと」となると相当なもので、恐れ多くて地域おこしだの、地域活性化だの、口上することなどできません。

「良し悪しの二元論」からの脱却



話がそれましたが、自分のしていることを「良いこと」と「悪いこと」でくくることに無理がある気がします。
人間ですから「良いこと」もするし、「悪いこと」もします。
いちいち判断するのも難しいですし、判断基準は人によって違い過ぎます。

また良悪保存という考え方の中には、過去に自分が行なってしまった「悪いこと」を、これからの「良いこと」で相殺できるんじゃないか、という気持ちも見え隠れしています。
これも、残念ながら、誰かに対して行った「良いこと」が、他の誰かに対して行った「悪いこと」を帳消しにはしてくれません。
自分の行った「悪いこと」に関しては、やはり一生背負っていかざるをえませんし、この点に救いをもたらしてくれるのは、唯一、時間だけです。

重要なのは「良し悪し」の二元論ではなくて、自分のやりたいこと、自分のやるべきことを見極めることだと思います。
「良し悪し」の二元論というのは、いかにも他人の目を気にする、田舎的な考え方でもあり、ここからは脱却するべきです。
あくまでコトの基準は自分の中の基準で判断するべきで、これは他人の目を基準にするより純粋であり、ある意味、自分にとって厳しい基準になるケースが多いはずです。

これからの田舎で活きていくためには、誰かの基準による「良し悪し」には頼れません。
自分の中の基準に従って行動していかなければ、結果を残すことも、結果に納得することもできない時代です。
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