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正解のない時代、正解が変わり続ける時代

世の中に正解があると思っているヒトはたくさんいるわけです。
逆に、そんなものはないと思っているヒトもたくさんいます。

実際、どっちも正しくて、どっちも正しくない。

考えうる中での、その時点での最適解は確かに存在するけど、それがずっと正しいとは限らない。
最適解は、環境の変化、時間の経過、人心の変遷でいかようにも変わっていくし、普遍の正解には成り得ない。
そうすると、正解はないという言い分の方が正しくも聞こえるし、正解は変わり続けるという表現だってできる。
結局、どちらでもないし、どりらでもある。

云いたいコトは、正解であろうが、不正解だろうが、答えは自分で出さないといけないこと。
自分で出した答えが、他のヒトの出した答えと同じであるとは限らにコトを恐れないこと。
自分の出した答えには正直になっていかないといけないこと。

これから、この正解を惑わすような時代の変化は、一層激しくなっていくように思える。
安定した成長の時代が終わって、停滞の時代も過ぎ、激動期に入っていくのかもしれない。
築き上げてきた富は、紙くずと消え去り、成り上がりが社会を牛耳って、価値観の相容れないモノ同士が寄り合い、いがみ合い、ぶつかっていく時代。

こう書くとよいでない時代な気もしますが、野垂れ死ぬ覚悟さえあれば、けっこう面白い時代かもしれない。
なんか不穏分子みたいな文章だ…別に反体制的なコトを云いたいわけでなく、これからは国家というシステム自体が大きな変化を余儀なくされるだろうという予見です。

正直、自分の周りでも大きな変化があった。
18年来愛用していノートPCであるThinkPadに見切りをつけて、VAIO PRO 13を購入した。
PCの機種くらい、と周りからは思われるかもしれないが、実は、最近のなかではかなり大きな変化だ。
この変化を受け入れられた自分にちょっと驚いてもいる。

変わってみれば、変化は怖くなくなる。
事実、いくつかの不満点はあってもVAIOは快適だ。


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Published in 意見には個人差が… 雑記

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