唐突ですが、男鹿には、これといった産業は育たなかったんだなぁ、ということを何となく思いました。
他所では、例えば林業をベースにして製材業が発達したり、水揚げの拠点として水産業が発展したり。
果樹や、野菜の一大生産地になることもなく、特定の工場群が出来上がることもなく。
それは悪い意味で言ってるわけでもなんでもなく、まず事実として。

そして今後も、そういった何かの産業の一大集積地域として発展していくことはないんじゃないかと思ってます。
これは根拠があるかと言われれば難しいですが、そういう姿を想像できない自分がいます。

高度な自給システムの成立


もともと、男鹿は農業も、林業も、漁業も、交易も非常にバランスよく地域の中で成立していた地域だと思います。
このあたりは、一昨年、男鹿地震(S14年)の調査に参加させてもらった時に、強く実感したところです。
これほど海と山が近く、それでいて、それぞれの集落は近くはないけれど、徒歩で一日あれば移動できる程度の距離でしかない。
男鹿中などの集落では、昔は海産物を行商にきた人がけっこういた話を聞いています。
そこにどの程度、貨幣が介在したかははっきりしませんが、いずれ一次産業だけでなく、交易も行われていたということ。
当然、生のままでは日持ちはしないでしょうから、保存食としての加工がなされていたのでしょうから、今でいう六次産業化なんていうのも、すべて行われていた。
実に先進的で、理想的な地域だったわけです。

地域の中でモノがうまく循環していた。
必要なモノは、すべて地域の中で生産され、調達されていた。
つまりは自給自足が程よく成立していた。

今は、そうした自給自足よりも、カネを介在させた流通システムが重視されてるので、男鹿はせっかく築き上げてきた高度な自給システムを自ら手放した形です。
もちろん、カネを稼がないと、車も何も買えないわけですから、ある意味必然だったのだと思いますが、それにしてもこのまま捨てるには惜しいシステムだとも思います。

男鹿ならではの自給システムの構築


この間、秋田市内の某所の集まりで、50年後の未来を想像しながらのトークイベントがあったのですが、その中で自分が話した「自給自足システム」に関しては、驚くほど関心が薄かったのが、かなり印象的でした。
地域や、年齢や、職業によっては、まだまだ稼いで秋田を盛り上げよう、という意識が強いようでした。

良し悪しは別として、その時に感じた意識の違いの原因は何だろうなぁ、というのをなりに考えてましたが、やはり男鹿という地域性があるんじゃないかと思います。

上で書いた通り、男鹿という地域は、すべての産業やサービスがバランスよく成立していたために、そのかつての自給システムの優れた部分をベースに新しいライススタイルを築いていくのは、いろんな意味でメリットが多いと思っています。
逆に、何かの産業に特化して、カネを得るやり方だと、他所の地域との競争で勝てる見込みが薄いんだと思います。
カネの回し方が一点突破型ではなくて、全体バランス型に向いているとうこと。

もちろん、昔であれば、生きるに必要なモノはすべて地域で揃っていたので、極端な話、カネを稼ぐ必要性はほとんどなかったかもしれませんが、現代ではそういうわけにもいかないので、何らかの形でカネを稼ぐ必要があります。
ただし、自給自足のライフスタイルを部分的にでも取り入れていくことができれば、稼ぐカネの総量を減らすことができる。
そうした方向性が、今後の男鹿で暮らしていくためには重要なポイントなんじゃないかと思っています。

正直、まわりを見れば、どこもカネがなくて困っていて、中でも政府やら、行政やらの借金は、だんだん天文学的な数字になりつつあります。
今後、カネだけに頼っていくのが安全かどうかは、はなはだ疑問だったりします。
カネ以外のものでも生きていける練習ぐらいは始めておかないと、将来の重大なリスクになりそうです。
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット