Twitterで、テクノロジーを信用していないので身に付けるものは、コットン、カシミア、革だけです…っていう方を見かけましたが、いやいや。
別に地面から、シャツの形をしたコットンが生えてくるわけじゃなくて、綿花から加工して、コットンのシャツを作り上げる訳で、そこで使われる技術は紛れもなくテクノロジーと呼ばれる物。

石油から化繊を作り出すテクノロジーとは、複雑さと原料が異なるだけで、基本的には同種のものです。

こーゆー方は他にもいらっしゃるんでしょう。
嫌いであることは自由で構わないんですが、それをテクノロジーのせいにするというのは筋が悪い話。
ただ単純に化繊が嫌いとか肌に合わないだけなんでしょう。

テクノロジーって技術の英訳です
人間が生きて、工夫して編み出してきた技術のことをテクノロジーという訳で、それを否定するというのは野生動物と一緒です。
そんな世界、現代人は生きてけないです。

人が人として生きるに当たって、テクノロジーは不可分。

どうやったってテクノロジーのお世話にならずに生きてくことはできないし、テクノロジーを利用して解決しないと先には進めない社会問題も多い。

マズイのは、テクノロジーを使って営利活動をする場合に、過度にテクノロジーへの依存が発生すること。

必要だからテクノロジーを使うんじゃなくて、利益を出すためにテクノロジーを強要していくこと。

原子力発電を例に考えてみる
これが人間の生活にプラスかどうかを判断するかは周りを取り巻く状況次第で、何を優先するかで話が変わってくる。

例えば、仮に地球上に化石燃料が存在しなかった場合、原子力発電は唯一の大型発電技術であり、電力が必要な社会が築かれている以上、使わざるを得ない。

安全性や廃棄に関わる諸々の課題は、ひとつづつ解決しながらでも進めていくしかない。

それに対して、現在の地球では、原子力発電のほか、火力、自然エネルギー等の別の発電手段があるので、原子力発電は利用可能なテクノロジーの一つとして捉えられる。

ということは、他の発電手段に対してメリットがあれば採用すればいいし、メリットが無いと判断すれば利用しなければいい。

これを判断するのは人間の知性であって、テクノロジーそのものには善悪は無い。

安全にするだけなら簡単らしい
単純に安全性の話であれば、テクノロジーをどんどん取り入れて行くことで、今よりも安全性を高めていくことは可能らしい。
今稼働してる原子力発電所よりもっと安全なモノはいくらでも作れるようだし、もっと安全性に優れた運営の仕方も幾らでもある模様。

ただ、そうやって建設した原子力発電所の建設、運営、廃棄にかかるコストが、採算が取れるレベルで抑えられるかどうかはテクノロジーじゃなくて、経済の話。

どう判断するかは、経済、あと政治の話。

テクノロジーは好むと好まざるに関わらず常に存在するので、それを使う使わないの理性的判断が、現在から未来を決めていく。

仮定したり想像したり
先程の化石燃料の無い世界というのは、あくまで仮定ですが、未来の中ではそれもおこり得る。

それは、化石燃料を使い尽くすとかじゃなくて、もっと未来の話。
地球から遠く離れた星に移動するという、おそらく将来発生するであろうケース。
人類が先へと進むための通過点。

化石燃料はもちろん使えず、当然、太陽光、風力といった自然エネルギーも使えない。
となると消去法で原子力発電しか残らない…という状況もあるわけで。

そうした場合には、諸々の問題に取り組みながらも先へと進む覚悟を決めるか、あるいは、先へは進まないという諦めを持つかのいずれか。

先へと進むのなら、テクノロジーによっておこる問題や課題を、さらなるテクノロジーで解決していくしかない。

テクノロジーという選択肢
テクノロジーはあくまで選択肢の一つであって、それをどう判断し選択するかは知性の話。
新しいテクノロジーが、新しい選択肢も与えてくれる。

状況に合わせた最適なテクノロジーを利用すればいいし、時には利用しないという判断をしてもいい。

逆にテクノロジーは信用できないとか、非知性的な根拠を元に判断を繰り返すのは知性の無さを晒しているようなモノ。

なるべく賢く生きて生きたいと思う。
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