ここ数回書いてる通り、伝統行事や文化が、次々に衰退して途絶えていく最中に我々はいるようです。
いろいろなところで、大切なものなのだから何とかして存続させないといけないとか、時代の移り変わりだから仕方がないとか、論が様々あるのは確か。
もちろん、どちらの話も間違っているとは思わない。

ただ、徐々に無くなっていくコトも受け入れる必要があるのかもしれないです。
なんとしでも残そうとした場合、そこには伝統行事や文化自体の変質は避けられないコトになりますから。

必然から生まれて、必然から消えていくコト


どんなに長い期間にわたって受け継がれてきた伝統行事であろうとも、人類発祥から行われてきたというコトは無いと思います。

ある時代の中で、地域の人々の想いから生まれてきたのが伝統行事であり、その文化です。
当時の人たちの暮らしや、自然環境、切実で身近な生き死にの現実、僅かな未来への希望、そういうモノが少しずつ積み上げれた結果のはず。
それが精神的なコトなのか、物質的なモノなのかは様々ですが、必要とされたから生まれてきたのは確か。

今の時代にそれが廃れ、消えていこうとしているのは、もう必要とされていない、もしくは、必要であることを示す表現や行為が、現代の自分たちに合わなくなっているのではないか。
物質的に豊かになった今の日本では、ほとんどの伝統行事や文化は、かつての純粋な形のままでは、時代との不整合を起こしているのだと思います。

そのまま消えるか、変質して残すか


伝統行事や文化が、生まれた時代と本質的な違いが生じてしまった以上、そのままでは継続することは難しいというのは自明のことです。
今の時代の中では、そもそも絶対に必要なコトというわけではないのですから。

選択を迫られるのは、そのまま消えていくのか、変質してでも残していくのか。

大多数の伝統行事と文化は、そのまま消えていくのが本当なのだと思います。
これは、べき論云々ではなくて、地域としても衰退している以上、時代との不適合を起こしてきている伝統行事や文化を守り伝えるだけの余力がなくなってきています。
もちろん、地域自体が消えてしまえば、ともに消えていくことは、もうどうしようもありません。

変質することで生き延びる大きなお祭り


そして、大きなお祭りとして、他所からの観光客を呼び込み観光化、商業化を果たしているお祭りは、変質してでも残すことを選択したことになります。
地域の中に向いていたお祭りのエネルギーのベクトルを、他所の地域から来た観光客に対して向けていくことを選んだわけです。

かつては、お祭りのエネルギーは地域の中に向けていかなければ生きていくことすら出来なかったのですが、今はそうではありません。
当時は「五穀豊穣」を真摯に願ったお祭りであっても、今はほとんどの住民が農業以外で生計を立てるようになりました。
凶作になってしまえば「誰が死ぬことになるのか」に、真正面から向き合わざるおえなかったものが、今では簡単に他所から食料を買ってくることができます。
今や、ほとんどのヒトにとって「五穀豊穣」はお飾りです。

お飾りである「五穀豊穣」に纏わるお祭りで、他所から来てくれた人たちが地域にお金を落としてくれるなら、地域にとってはより望ましいことであるという判断は、現代であれば間違ってはいないと思います。
むしろ、昔ながらの形式で伝統行事を残していくよりも、より住民に身近な形に変化しているとさえ考えることもできます。

男鹿半島のナマハゲはどうか


振り返って、男鹿半島に残るナマハゲという伝統行事と文化はどうか。
実はけっこういい選択をしてきたと思ってます。
過去形ではありますが。

大晦日には伝統行としてのナマハゲが家々を回り歩いて、ナマハゲの意味をお互い確かめ合い。
観光客向けには、小正月行事として新たに起こされたナマハゲイベント。
さらには、市の教育委員会あたりが、文化的な意味合いへの定義づけを行ってきたナマハゲの理想像の追求。

こうしたものを並列させることで、うまくナマハゲを現代に適合させてきました。
ある意味、さまざまな形態で生き残ることを模索してきたのかもしれません。
もちろん、本当のナマハゲというのは大晦日に行われる行事ですが、そこに時代の変化を上手くかみ合わせてきていたように思います。

ところが、それも本当のナマハゲが力強く生き残っていてこそ。
人口減少と少子化で、大晦日に行うナマハゲ行事が徐々に衰退してくると同時に、他の2つのナマハゲの占める割合が大きくなってきました。
この二つは、地域の住民のためというよりは、観光客などの他所の人のための意味合いが強いものです。
そのため、本来のナマハゲの姿の中にも「観光的」で「教育的」なものが混じってきてしまっているのが現状です。
それが、いいことなのか悪いことなのかは、歴史が判断するんでしょうが、個人的にはよくない変質を引き起こしてると思ってます。

このあたりの判断をするためには、もっとナマハゲの歴史や、本来の生い立ち的なものへの造詣を深めていく必要があるので、これ以上はまた別の回に譲りましょう。
いずれにしろナマハゲにとっても、変質は避けられない時代に入ってきたことだけは確か。

今日のところは以上。
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