Skip to content →

男鹿に遊びに来る人をもてなす

うちの母親の知人の方が北海道出身ということで、ホタテを送ってもらいました。
なかなかに大きくて味も悪くない。
1個120円で30個、梱包と送料込みで全部で5,000円というのは、ちと高かったもののホタテ自体には満足。
こうした新鮮な海産物のある観光地の意味というのを、ちょっと考えてみたので、忘れないうちに書いておきます。

海産物の鮮度と生臭さ

言わずもがな、海産物は鮮度が命です。
もちろん肉だって、野菜だって新鮮であるにこしたことはないですが、鮮度が落ちた海産物の味への影響が甚大なのは確か。
内陸に住んでる方は、海産物は生臭くて嫌いという方も少ないかと思いますが、そうした方々は、残念ながら本当に新鮮な海産物を食べる機会がなかったのだと言えます。

実は浜にあがったばかりの海産物は生臭さなんかありません。
内陸や、都会に住んでいると、魚=生臭いと思ってる方もいらっさるでしょうが、その認識は間違いです。

資料によると、魚の生臭さの主要因はトリメチルアミンという血や内臓に含まれる成分。
そうした部分を取り除くこともなく流通に回されると、それが魚全体を生臭くしてしまうわけです
捕れた魚を、すぐにおろして調理すれば、生臭くなる要因はほとんどないですので、本当の魚を味わえるのです。

都会のスーパーでは間に合わない

残念ながら、この新鮮な状態で食べられるのは当日、翌日というレベルであって、ちゃんと冷凍・冷蔵してあってもそれ以上の日数は持ちません(もちろん魚の種類等で違います)。
漁港→市場→スーパーという行程を考えると、漁港から離れた都会のスーパーの店頭では、とても間に合わないのは仕方のないことです。
コストをかけることで、この鮮度の落ち方をある程度防ぐことはできるでしょうが完ぺきではないですし、そのコストに見合う売上を確保できるかは微妙ですので、都会のスーパーの店頭に本当に新鮮な魚が並ぶことは稀だと言えます。

新鮮な魚を求めてくるお客さん

ここで、三方を海に囲まれた男鹿に来るお客さんのことを考えてみます。
本当に新鮮で美味しい海産物を食べたければ、現地に行くしかない。
そのためにお客さんははやってくる、というのは合理的な考え方です。
そうした方々に、本当に新鮮な海産物を提供することが、観光地の宿泊施設なり、飲食店の使命だと言っていいと思います。
男鹿という三方を海に囲まれた、独特の半島文化を持つ観光地としての宿命であり、同時に最大の武器だと思います。

実際、男鹿は新鮮な海産物が豊富といいながらも、水揚げ量自体はさほど多いわけではないです。
その意味では、常に新鮮な海産物を確保できるとは限りません。
時化の時もあるので、漁船が漁に出れないこともあるかもしれませんし、すべてのお客さんを満足させられるかどうかは微妙です。
ですが、それでも可能な限り、本当に新鮮な海産物を提供する努力は怠ってはならないと思います。

取扱品目や、仕入れの利便性やら、コストやらを理由にして、鮮度の落ちたものや、他所からの食材を多く使ってしまえば、結局はどこにでもある料理になります。
どんなに良い調味料を使おうが、腕のよい料理人をお使おうが、それは男鹿という海に囲まれた観光地に来るお客さんの求めているものではないです。
料理としてレベルの高さを競えば、競争の激しい都会には到底かないませんし。

その意味で、正直に本当に新鮮な海産物を提供するというのは、地元の人間が思っている以上に大事にするべきです。
逆に言えば、どんなに料理の腕のない人でも、男鹿に遊びに来てくれるお客さんを持て成すことが可能ということです。

自分も、料理の腕は全くダメなので、その意味では条件はそろってるのかもしれないです(苦笑。
来年も、他所から来てくれる人たちを楽しませるために頑張っていきたいと思います。


— ads by google —

Published in 田舎でこそ活きる 答えなど無い

Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。