今の時代が、硬直的に変化を遠ざけようとするのは何故なんだろうかと思うときがあります。

いつの世も時代は移り変わるし、変化は常にあったもの。
変化のスピードが少々あがったことを除けば、その自体は何も変わっていないです。

前の元号の時に、めざましい発展をしたこの国は、その後の停滞期に入った後、まったく身動きがとれなくなったかのように、あらゆる変化を拒んでいるように見えます。

制度にしろ、産業にしろ。

変化を拒むことの意味


自分たちが築いてきたものが無くなってしまうのは、つらいと感じるのは分かります。

今のままがいい。

ですが、それを築いてきた時代と、需要も、要望も変わってしまったモノをいつまでも維持することは、後の世代の負担にしかなりません。

本来、新しいモノを生み出すために使われるはずのカネや、リソースや、エネルギーが、古いモノの維持につかわれることの損失は計り知れず。
次の世代の人達が、新しい時代を築くのを邪魔することはお互いにとって不幸なこと。

昔からある制度や、産業にしても、時代に合わせて変わることができなければ、やはり次の世代にとっては負担でしかない。

変わらない伝統


古くから伝わる伝統産業を象徴するフレーズに「変わらない伝統」というのがあります。

この言葉は、パンフレットに載せたり、ドキュメンタリーを作ったりするときには、非常に綺麗に響きますが、この言葉の意味については、自分はかなり懐疑的です。

古くから伝わる伝統産業が、長きにわたって伝わってきたのは、ずっと変わらなかったからではなく、常に変わり続けることができたからじゃないのか…と考えています。

以前に、伝統工芸品を作る職人さんの現場を見せてもらって、話を聞かせていただいたことがありますが、この方は子供の頃から工芸品作りに携わり、今では最後の職人になってしまった方でした。

大人になって職人として認められた後も、その工芸品の作り方を何度も変えてきたと言います。

もっと綺麗に作る方法はないか。
もっと早く作る方法はないか。
もっと簡単に作る方法はないか。

常に、毎日毎日幾多の改良に取り組み、失敗し、また考え、うまくいった方法を、さらにまた改良する。
モノの出来映え自体が変わることもあれば、モノ時代は変わらず作り方だけ変わることもある。

こうした弛まぬ努力があってこそ、自分たちが伝統産業と呼ばれる産業は、現代まで伝えられてきたのではないか。
もっとも変化と縁遠い存在に見える伝統産業が、時代の最先端でイノベーションを起こし続けてきた産業なのではないか。

本質を忘れない


職人の方が、なぜ、そんなに日々改良に取り組めたのか。
下手をすると代々伝えられてきた伝統産業そのものを、別の産業にしてしまう可能性だってあったはず。

それは、その伝統産業が伝えてきた「本質」を、しっかりと理解してるからではないか。

これさえ守り通せば、あとはモノの出来映えや作業行程がどんない変わっていっても、それは正常進化と考える。
その基本的な部分への理解が、我々モノを使うだけの立場の人間に比べると、遙かに深いレベルで行われている気がします。

おそらく数多伝えられてきた伝統産業の中には、その「本質」の部分を忘れて、形式のみを守ることに専念し、その結果衰退して時代の中に消えていったモノを多数あるはず。

おそらく、現代まで伝わっている伝統産業の職人さんは、ただ伝えられてきた方法をそのまま再現するというコトだけで無く、もっと良いモノへと進化させてみせるという情熱に溢れた人達に見えます。

破綻する年金制度


ちょっと話がそれますが、今の年金制度は、今のままだと破綻します。
間違いなく。

高齢者よりも若者の数が少ないような人口構成では、今の世代間負担制度のままでは遠からず破綻するのは、足し算と引き算さえできれば子供だってわかります。

どんなに若者世代からカネを集めたって、高齢者が増え続ける現状では賄いきれるものではないです。

年金制度の「本質」って何だろう。

若者世代に重い負担を強いて、高齢者の福祉を充実させることが年金制度の「本質」ですかね。
違いますよね。

そこをもっと真剣に考えて、世に問うていかないと、この国からは若者はどんどん逃げ出していきます。
そんな分裂した結果をもたらすために年金制度が存在するわけではないはず。

この国、この街、この地域の本質


これはホントに、今すぐ、真剣になって、考えないといけないことだと思います。

自分たちが住んでいる国、街、地域の本質って何なんだろうか。
自分たちが築き上げていく社会の本質って何だろうか。

何が「本質」で、何を守って、何を変えていくべきか。
それを見失ったままでは、時代に合わせて変わっていくコトはできません。

変化を失った国や、街や、地域には衰退と消滅が待ち受けるだけ。
このルールからは何者も逃げられない。

かつての自分たちは近代化と経済発展という変化を受け入れ、大きく成長した。
今、自分たちが、どんな姿に成長していくべきかを決めるのは、自分自身です。

さらなる経済発展を願うのか。
膨張を止め均衡するバランスのよい社会を作るのか。
モノ作りを基本にした職人気質の街を作るのか。

それを決めるのは、自分たち一人一人です。
地域の代表でも、街の名士でも、学者でも、政治家でもないです。

それぞれが、望む姿を示すことで、それが織りなす模様が地域や、街や、国を作りあげていく…と。
そんな風に思います。
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