衰退する地方であっても、毎週末必ずどこかで何かしらのイベントが開催されている今日このごろ。
だいたいにおいて、ほとんどのイベントが「娯楽」として提供されています。

参加した人たちにひと時の楽しみを提供するというのも、大変なことですし、それで満足してもらうのもすごくハードルは高いことなのはよくわかってます。
自分も自転車関係を中心に、イベントは開く側の人間ですし。

ただ、最近ちょっと感じてるのは、地元の人間を本当に意識したイベントっていうのは、ごく一部だよなぁ…と。
外から人を呼び込むことには熱心なイベントは多いですが、元々地元にいる人に参加してもらえるイベントって極端に少ないように感じてます。

このへんのコトを、今日、友人と話す機会があったので、忘備代わりに書いておきます。

「祭り」というものに興味があります


最近の多くの「祭り」は観光イベント化して、他所から来た人を楽しませることに専念しているようで、それはそれで悪いことではないです。
が、ずーっと昔から、それこそ「観光」なんていう概念がまだない時代から続いてきた「祭り」について、少しでも知りたいなと思うことがあります。

今のように裕福な時代でもなく。

娯楽とよべるようなものは何もなく。

それでも日々を懸命に生きてきて。

そうした人たちが一年生き続けきた想いを形にする「祭り」

こうした「祭り」に対する想いは、おそらく昭和の初め頃までは生きていたようで、80歳を超えるような方々から、何度か熱く話を伺ったことがあります。

今の人たちとは比べ物にならない程、その人の生活の中で「祭り」の比重が高かったんだ、というのをひしひしと感じることが何度もありました。

「生きる」ことと「祭り」は、表裏一体でつながっていたんだろうなぁと思いつつ、自分が、その当時の想いをそのまま感じることは無いんだろう…と感じました。

「生きる」ことと「祭り」


世の中が経済一辺倒から、少しずつ変化を見せ始めてるこの時代、昔と全く同じようにいかないでしょうが、こうした「生きる」ことと「祭り」と、この2つのつながりを意識できるようなことを、何か実現できないだろうか。
そんなことをちょっと考えていたりします。

そのあたりのことを、もうちょっと考えられれば、もっと「生きる」ことに意味が見出せそうな気もします。
このテーマは、これから掘り下げれれば、なんて思います。

今日のところは以上。
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