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20年後、田舎で野垂れ死ぬのも人生か

昨日の「医者は何処だ」から引き続き。

衰退が進む男鹿

正直、20年後医者もいないような町になってしまった時、男鹿市は消滅を待つ地域の一つになるかもしれないと考えてます。
というか、現状をこのまま看過していれば、間違いなくそうなります。

医者もいないような町に、人が積極的に住みたいと考える方が不自然。
人口が減れば、税収も減りますし、現状で中央からの交付金で支えられてる財政がいよいよ破綻します。
インフラをはじめ、行政のサービスレベルは大きくダウン。
商工業者は、人口の多い場所を求めて市外に流出。
残された老人は買い物をする場所もなく。
学校は小中合わせてただ一校。

こんなコトを言ったら、何をバカなコトをと言われるかもしれませんが、割と確度の高い未来予想の一つであると考えてます。
地域の衰退というのは、そういう事です。

円に対する不安

さらにそうした不安を掻き立てるのが、20年後、日本の貨幣である”円”は、大きく価値を落としているのではないかという予想。

日本の貿易収支は、ここ数年で大きく落ち込んで、現在は赤字です。
詳しい解説は省きますが、大きな要因は円安。
今後、さらに円安が進行すれば、原料や、燃料すら買えなくなる恐れもあります。
そうなれば、すべての品物が値上がりし、さらには冬に燃やす灯油すら買えなくなる恐れもあります。

ないないずくしの未来

こうして悪い方の未来を考えてみると、けっこう悲惨です。
一生懸命働いて、幸せな家庭を築いて、最後は幸せな老後を迎えるというのは、けっこうハードルが高いことなのかもしれません。

もちろん、日本の対外輸出が回復し、国内の労働需要が増え、各地に工場が新設され、日本が再び世界に冠たる経済大国として君臨する未来も、ないとは言えません。
まぁ、書いてて、それはあり得ないと思いますが、どう判断するかはそれぞれの考え方しだい。

野垂れ死ぬのも人生か

ですが、暗く悲惨な未来を予想するのは悪いことばかりではないです。
どうせ、最後は野垂れ死ぬのであるのなら、やりたいようにやって生きていった方がおトクです。

様々なヒトやモノを守ろうとして、保守的なやり方で人生を歩んでも、自分とは関係のないコトの結果によって、日本全体が悲惨な状況に陥ることがあるというのは、抗いようのない事実。

今の日本だと、そんなコトやるなんでバカじゃないの?って言われそうなコトも、あらゆるモノの価値が一変してしまう未来の中では、意味のあるコトになりえます。

ならば、そうした悲惨な未来も見据えながら、未来を生き延びるためのライフスタイルを模索するのも悪くないです。
仮に、カネの価値がなくなっても、別にカネを食べて生きてるわけではないですし、食糧を入手する手段は他にもあります。
灯油が買えなくなっても、暖をとる方法は存在します。

経済的に発展することは望ましい未来の一つですが、経済大国でなくても人間は生きていけます。
カネもモノもない未来も、サバイバルな感じでちょっといいかもしれません。
負けちゃいけませんね。

今日のところは以上。


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Published in いざという時のために 地域活性化 答えなど無い

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