最近、ドラマやアニメとか映画とか見てると、「確率が低いからといって、おこらないとは限らない」的なセリフを見かけます。

まぁ、何事もやってみなけりゃわからない…的なコトを言わんとしてるわけで、それはそれで一言です。

ただ、その言葉尻を捉えて、都合よく(都合悪く?)解釈する人をけっこう見かけます。

一番まずいのは、リスク評価。

必ず存在するリスク


新しく何かを始めようとした時には、成功した場合はともかく、失敗した場合にどのような影響を出るかはきちんと評価します。
リスク評価はちゃんとやります。

ところが、そのリスクの内容をことさらに取り上げて、新しい動きを止めようとする人というのは、けっこういます。

失敗するリスク。

それが存在するコトを理由に、行動を自粛するのは愚行です。

現実世界に、リスクが無いものなんか存在しない。

ただ生きてるだけで、いつでも死ぬリスクがあるんですから、これ以上何を恐れる必要があるのか…って話です。

リスクを下げるコトを努力という


また、新しいコトを始めようとするときに、目端の利く人なら、失敗する確率をそのまま放置しておいたりはしません。

確率を下げ、リスクを下げ、現実的な成功が見込めるレベルまで手を打ちます。
それを努力というわけです。

リスクがあるというコトだけで、新しいコトに反対するというのは、その努力に対する冒涜と言っていい。
リスク評価の内容に言及し、リスクの低減に対しての諫言であればともかく、リスクの有無に関しての言動なんて、なんの意味もない。

成功が見込まれるレベルに達しているからこそ挑戦します。
リスクの高いままでコトに望むのは、ただの蛮勇です。

無視してもいいレベルまで下げられたリスクを恐れるのは臆病なだけ。

極端に低い確率まで下げられたリスクは、発生しないと考えないと、世の中生きてなんかいけません。

余談


とまぁ、こんなコトを考えたのは、最近読んだ本の内容に影響されてます。
重力と量子力学に関する本なんですが、なかなか面白いですよ。
やっぱり科学やテクノロジーは最高にエキサイティングなエンターテイメントですので、一度、触れてみるのをオススメしておきます。
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