セミナー、フォーラム、講演会。
こんな世の中なので、いろいろとあちこちで人のお話を伺う機会が作られてる。

そうゆう風に出掛けた時に気をつけてるのは「勉強になりました」っていう感想だけは持つべきじゃ無いよな~ってこと。
もちろん「勉強しに来ました」なんていうのは、もっての他ということで。

勉強になった…は、勉強不足の証し


確かに講演会に来られる方っていうのは、独自の経験から、様々な見知をお持ちになってるわけで、そこは尊敬の対象です。
ですが、今やネットに膨大な見識がアップされてるご時世で、ほぼ同様の見識は、実はネットを検索することで得られる場合がほとんど。

もちろん、それを鵜呑みにするだけでは意味も無いので、それを自分なりに解釈して、自分を取り巻く廻りの状況に当てはめ、その見識から、さらに発展するように思考を巡らせていくことも必須です。

講演会のお話を聞いた時に、「勉強になりました」「勉強しに来ました」というのは、ここまでの自分の勉強不足をコトバにしただけで、実は何の収穫にもなっていない。
せっかく聴いたお話が、勉強になった、有益な時間を過ごしたという自足の満足感を得るのみで、これでは何の発展性もない。

聴いたお話に対して、自分の中の考えとの違いを検証したり、議論したり、それぞれの考えがどのようなケースに適するのか、他に第三の考え方への発展の可能性を見つけるのか、その場で終わらないプラスアルファがなければ、時間をかけてお話を聞きに行く理由は、ほとんどありません。

ほんとは、みんな、もう分かってる


それでも、そうしたフォーラムや講演会が人気なのは、それにも実は理由があって。

実際、参加される皆さんは、きちんと事前の勉強を果たされてるケースも多々あって。
自分なりの意見や見識も持っているものの、それがどれほど正しいかの自信はない。

そうした状況で、ひとつの考え方の指針を得るため、自分の考えの正当性を得るために参加するケース。

何の考えも持たずに、話を聞くよりはマシなのは確かですが、これも問題を含んでます。

ひとつは、「正当性」を求める方にとっては、どこまでも「正しさ」をほしがる傾向が強く、この場で自分の考え方の「正当性」が確保できても、なおもそれを実行するには至らないコト。

もうひとつは、講演会で話される内容というのは、たいていが余所の成功事例、先行事例であって、それと同様の考え方では、実行したとしても余所の事例との競争に勝つことはできず、やはり結果を残すことができないコト。

いずれも、何の結果も残せないというのでは意味がありません。

話を聞くより、実行するしかない


結局、自分の考え方の「正当性」を証明する手段は、実際の自分自身で実行してみて、その結果をみるより他にはない。

講演会で聴いた考え方とほぼ一致する、とか。
万全の準備で、確実に成功を狙う、とか。

そんなところで自己満足してちゃダメです。

結果を出さなきゃ、頭の中でどんなに考えてても意味は無い。
失敗だっていいんです。
それも結果。

その失敗から、より多くのフィードバックを得ることで、頭の中で考えてるだけよりも、遙かに優れた、洗練された考えに高めることができるんですから、これ以上のブラッシュアップの方法は無い。

「勉強になった」なんて言ってる場合じゃ、ございませんことですよ。
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