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持ちつ持たれつ

ちょっと言葉回しがよくないので、そのうちにまた考えますが、ようは貨幣を介在しない貨幣経済活動(日本語変ですが)っていうのは、どの程度成立するのか、というお話。

ことある事に自給自足の実現に関しては書いてますが、それだけでは世の中成り立たないのは明白。
例えば、自分は畑で野菜を作るぐらいはできるかもしれませんが、田んぼでコメを作るというのは、おそらくちょっと難しいんじゃないかと思ってます。
なんて例をあげる必要もなく、生きていくのに必要なモノをすべて自分で作り出すだけのスキルは持ってませんし、そういうのをリソースも含めてすべて持ってるという人もそうはいないと思います。
つまりは、貨幣を介在するかどうかはともかく、誰かからのモノの供給を受けなければならないのは確か。

貨幣を介在しないなら物々交換という手もありますし、それ自体は今後少しづつ復活していく気がしていますが、ただ場合によって物々交換をするモノを持っていない場合や、またモノ以外のサービスのようなものを生み出している人の場合はどうなのだろうか、というようなコトがあるわけです。

貨幣にもよらず。
物々交換のみに頼らず。

最近読んだ本の中では、「贈与と反対給付」という考え方がありました。
言葉からすると、モノを貰ったらお返しをするというような話にも思えますが、そこまで単純なモノではなく、贈与を受けた人は反対給付の義務を負うもののそれは必ずしもモノであるとも限らず、必ずしも、もらった人に返すモノであるとも限らない。
なにか、こうスクランブルな感じで、はっきりとシステマティックな仕組みにするのは難しそうですが、モノやサービスだけでなく、気持ちのようなモノまで含めて等価に考えるシステムに近いものじゃないかと思っています。

こうしたシステムを回していかなければ、貨幣を介在するシステムとは別のシステムを構築するのは難しそうです。
ですが、自分もどちらかと言えば、サービスを提供する側の人間だと思っているので、そこは少し掘り下げていきたいと思います。

タイトルの「持ちつ持たれつ」という単語には触れてませんが、現状で一番近い言葉かと思ってタイトルにしました。
ちなみに、最近各エントリのURLを日付から英訳に変えてみましたが「持ちつ持たれつ」の英訳は「Give and take」なんですね。
ここは何となく示唆的な気もしますね。
興味深い。
いずれ、このシステムについて掘り下げたいった時点で、もう少し相応しい言葉を探してみたいと思います。

こういう世界観も面白いと思うんですがねぇ。


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Published in 田舎でこそ活きる 答えなど無い

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