英語でいうところの「Sight-Seeing」としての観光というのは、そろそろ終わりなんだろうと思う。

オールドスタイルな観光地


今までは、風光明媚な土地を観光客が訪ねて、その土地の食事、買い物、宿泊、交通を利用して、それで利益をあげるのが観光だった。

基本にあるのは「風光明媚な土地に観光客がやってくる」という前提。
自分たちで何か工夫して来てもらってるわけでは無い。

その結果、食事、買い物、宿泊、交通の全てにおいて高いサービスレベルが実現されていたとは言えなかったのではないか。

大切なのは、大量にやってくる観光客を手早く捌くことであって、観光客側も、ツアーでやってきた仲間内で好きにやらせてもらうなら、サービスレベルなんか気にしなかったろうし。

良くも悪くも、お互いの需要が一致してたので、何の問題もなく、観光客は押し寄せた。
そんな時代だったように思う。

少なくとも、今生き残ってる業者はそんなスタイルのまま継続いてきたように見れる。

目も舌も肥えた観光客


時は変わって現代、観光客の質は大きく様変わり。

メディアやネットを通じて、観光地の情報は事細かくリストアップされていて、観光客はそのリストから、選んで遊びに出かける。

つまりは観光地どうしの競争だ。

消費者としてのレベルが上がってる観光客は、なるべく少ないコストで、なるべく高いサービスレベルを要求する。

そして、その期待に答えられなかった観光地には、二度と足を運ばない。

観光を商品として考える以上は、その行動に非は無いし、それに携わってる人たちは、それに対応していかなければ、商品は売れない。

昔と同じでは生き残れない。

変わっているトコだけが生き残ってる


今現在、観光業が上手くいってる地域は、観光客の質の変化に気付き、いち早くそのスタイルを変化させていった地域。

サービスレベルが低いままでは、一度来た観光客が二度は来ないことに気づき、少しづつでもサービスレベルの向上に努めていった結果。
その努力の過程を共有し、発展させていった結果。

その対応力、適応力、展開力があるからこそ、観光業が上手くいってる。
もともとその地域に、環境や質の変化に対応できる力が備わっていたからこそ、上手く行ってる。

上手くいくには条件がある


正直な話、上手くいってる地域というのは、人口密集地からの距離や人口規模、交通アクセス、気候など、ある程度条件が整っている必要があるように思う。

首都圏からも遠く、過疎化も進み、公共交通が寂れつつある地域においては、たとえサービスレベルの向上を進めていっても既存の規模・形態のまま存続することは無理だと感じてる。

質の変化以上に、新しい魅力・業態・スタイルの創造が必要なんだと思う。

新しい魅力の創造


実際、男鹿半島で言えば、自分の知っている人達を含めて、いろんなところで新しい魅力の創造を積極的に進めてる人がいる。
規模は決して大きくはないものの、着実にファンを増やして、男鹿半島に縁を深めていく人を増やしている。

一度に100人も来たりしなくても、10回来てくれる人が10人いれば、100人分の施設は必要なくて10人分の施設で事足りる。

残念ながら、男鹿半島は、風光明媚な観光地としての素養は溢れるほど揃ってはいるものの、近隣の人口規模や交通アクセスを考えると、サービルレベルの向上があっても現状の規模のままでは続かないと思う。

万人向けの大きな観光地として生き残るよりは、よりマニアック志向な人が何度も訪れる場所として道を切り開く方が向いてると思う。

男鹿半島の良いところは、そーゆー人たちにも十分に対応できるだけの潜在力があること。
それを自分たちが、活かしていかないといけない。
というか、活かしていきたい。
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