世の中に数多ある問題は、残念ながらすぐに解決できる問題ばかりではないのは承知のとおり。

それぞれ、問題の本質を見極めつつ対応することが必要なのは間違いないが、だからといって解決を急ぐことが得策でない場合も多々。

解決を急いだばっかりに、新たな問題を生み出すケースも少なくない。

今すぐ自分で解決できないことは、未来の自分に託してみる。
自分の世代で解決できないことは、次の世代の子供たちに託してみる。

そーいった考え方は、常に選択肢の中にいれとかないといけない。

1月で10倍は無理でも、3年あれば出来るかも


たとえば、自社の売り上げが芳しくなく、このままいけば倒産。
何かしらの対策を打って、売り上げの向上を図らないといけない。

このとき、1月で10倍の売り上げを立てるなんて対策の立て方はしない。

仮にそんな無理な目標に向かうことになってしまったとなれば、製造、流通、販売、営業など、あらゆる場面で無理な仕事が押し通されて、おそらくその無理が、会社の経営に致命傷を与える可能性は高い。

これが3年という期間で売り上げを3倍にするというなら、いろいろと手の打ちようもあるし、無理の少ない計画も立てられる。

問題の解決には適切なスパンがあるコトは自明だ。

今は力不足でも、未来は違う


どんなに頑張っても、解決できない問題というのは存在する。
今の自分の力では力不足だ…というケースはたくさんある。

じゃぁ、未来の自分ならどうか。
経験を積み、スキルを向上させ、より深い洞察力を備えた未来の自分だったら、今よりもよい対策を行える可能性は高い。

「問題の先送り」というと、マイナスイメージがあるかもしれないが、解決までの期限が区切られていないのあれば、この手法は意外と効果的だ。

一切の追加投資は必要なく、コストやリソースを消費するコトもない。

一生懸命に生きて、さまざまな経験を経て、成長していくという、ごく当たり前の生活をしていけばいいだけ。

先送りした問題は、未来の自分と再び邂逅する時に、その時点でまだ解決策を探るはず。

場合によっては、時間の経過が、問題自体を変質させるコトもある。
それによって解決が容易になるのなら、それは「時間」からの贈り物であり、ありがたく享受しよう。

こうした「未来」や「時間」に頼った問題の解決は、決して消極的というわけではなく、よりよい解決策を探るひとつの方法だと考える。

先の世代の力を信じる


自分の借金を、子供に返させる…っていう話じゃないです。

もっと大きくて普遍的な問題の解決をどーするかってお話です。

たとえば「戦争の無い世界」とか「貧困の無い世界」とか、そーいった類の話。

正直、これらの問題は、我々の世代では解決できそうも無いですし、2、3世代先でも無理そう。
でも、いつか必ず人類は解決する問題だと思ってます。

ところが、これの解決を急いで、今すぐなんとかしようとすると、ロクな解決案が出てこない。

単一独裁者による武力制圧(戦争は無くなる)とか、貧困者を社会の枠外に追い出す(管理地域内での貧困はなくなる)といった、映画や小説のネタにしかならないようなことを仕出かす馬鹿が現れないとも限らない。

いまだにろくでもないコトを仕出かす人類も、世界の歴史を見渡せば2,000年前に比べれば、ずーっとマシです。

少しづつマシになってるんなら、少なくとも、もう2,000年先はもっとマシになるはずなので、焦らずいくしかない。

2,000年後の人類にとって、2,000年はあっという間のコトなんですし。

経済的なのは、やっかい


なお、こうした手法が通用しづらいのは「経済的な喫緊の課題」というやつ。

この日までに、お金がなければ会社は倒産。
支払いを先延ばしすると「利子」がつく。

残念ながら、先送りすると実害が先にやってくる類のモノ。

うーん、どうなんでしょうね…もー少し、扱いやすくて、フレンドリーな経済社会って実現できないんですかね…いまさら自給自足だけで生きてく訳にもいきませんし。
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