世の中生きていくにあたって、本音と建前っていうのは使い分けないといけないのは仕方ないこととして。

特定の組織に属してる場合に、その組織の都合の悪い本音ってのは、なかなか言いづらいし。

ただ、本音って、ずーっと言わないで心にしまっておくと、どんどん萎んでく。

熱かった想いも、時間が立てば冷めていくし、魅力的だった色も褪せていく。

建前に従って生きる時間が長くなれば、だんだんそれが普通になってく。

建前が普通になってく。

なんかつまらない。

世界は言葉の通りに実現する


言葉って面白いもので、口にすると必ず自分の耳にも入ってくる。

相手や周囲以上に、自分に響いてくる。

口にすることで、周りにも、自分にも、今までと違った世界が見え始めてくる。

その世界は、ちょっとづる近づくし、ちょっとづる繋がるし、ちょっとづつ広がるし、ちょっとづつ世界が変わっていく。

世界はそうやってしか変わっていかない。

だから建前ばかり口にすれば、建前の世界が造られていくし、本音を語っていけば、本音の世界が生まれていく。

世の中は、そのバランスで出来てるはずなのに、今はどーもそーではなさそうで、つまらない。

本音が無い世界の味気なさ


個人の主観として、今のこの国が、どんどんつまらない国になっていってるのは、何事においても集団の建前が優先されてるのが、大きな要因じゃないかと考える。

誰も、所属集団の建前や理念ばかり気にして、自分がどうしたいとか、この先どうなりたいとか、こうゆう未来が欲しいとか、こーゆー世界で生きていきたいというコトを言わない。

言わないんだから実現しないし、なんかこう味気ない世界だ。

それでいて、自分はコレで十分なんて物分りの良いフリをされたって面白くない。

それはズルい。

そのときは楽だろうけど。

本音を言って、本音に従って生きてくってのも、そんな楽なもんではないんだろうけど、でも、生きたくない世界の中で生きてるフリをするよりは、ずーっとマシなんじゃないかと思う。

どのへんにバランスさせるかは自分次第だし。

まぁ、妥当なトレードオフなんじゃないかと。
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