あちこちの地域で、域内での小さな動きや取り組みが、ちょこちょこと見えてくるようになってきました。
見込みのあるもの、見込みのないもの、さまざまあるでしょうが、中には行政や行政的セクション・団体と一緒に動いているところもあるようです。

ただ、こうした取り組みをしていくにあたって、あまり行政的なセクションとの連携や、やり取りは持つべきではないと思っている自分としては、若干複雑な思いはあります。

行政には新しいコトは起こせない


これは自分の中核的な考え方ですが、行政には新しい活動や、新しい経済の仕組み、そうした新しいコトを起こすことはできないと考えてます。
だからこそ、民間がもっと、もっと、もっと動いていかなきゃならないという考えで動いています。

そもそも、行政はそうした動きをするべきではないとも考えてます。
それは仕組みとして向いていないからです。

行政がやるとなれば、税金を原資にして動くわけですが、そんなのは長続きするわけがありません。
続いて、せいぜい3年がいいところ。
運がよければ行政が始めたことを民間が受け継ぐケースもあるわけですが、それはレアケース。
最悪なのは、第3セクターのようなところが事業を引き受けて、そのまま永久に税金の補助を受け続けるケースに陥ったりすることもあります。
ほんとうであれば未来のインフラ作りにさくべき税金が、負の遺産の維持・整理に浪費されることになります。

いずれ、行政が新しいコトを始める必要は、何一つありません。
それは民間の役割であって、それを民間の誰もがやらないというのは、その地域自体が終焉に向かっていると思って間違いないです。

行政に関わるのもコスト


自分のような少人数で動いている団体や個人にとって、行政と関わるのもコストです。
行政は、公平性と透明性の確保を重視するために、綿密な報告や、多岐に渡る書類作成を必要とします。
そこに人的リソースに乏しい団体や個人がかかわるのは、著しい人的コストの上昇を招きます。

もともと、関係各所との調整などに時間を取られないように、個人なり、少人数で動いているのに、そこにわざわざ時間を費やすようなタスクを入れたくはないですし、仮にそういうタスクが必要となれば、その取り組みからは撤退せざるをえません。

前に書いたとおり、徹底的に開催負荷を下げることで、新しい動きを作ったり、継続的に開催することを可能にしてるので、そのあたりは行政の中の文法とは全く逆になります。

自分の意思でやりたい


最後には、これに尽きます。

関係各所から、何かしらの指示であったり、要望を寄せられたとしても、ほとんどの場合それに応える余裕もないですし、そういうことをしたいとは思いません。

行政や、昔から動いている団体と一緒にやると、このあたりで必ずといっていいほど何かしらの指示・要望が来ます。
向こうは、指示・要望を出しているつもりもないのでしょうが、まるで呼吸をするかのように、それが出てくるのを過去に経験しています。

自分の動きは、何かの義務感に起因するものではないですし、誰かの要望を受けて動いているわけでもないです。
あくまで自分が望む未来のひとつとして実現したいことがあるから、自分自身で動いているだけですから。

そのために、誰かに、何かを要求することは一切ありません。
同じ未来、もしくは近い未来を望んでいる人たちとは、仲間になって動いていくこともありますが、多くの場合は、少人数で動くほうが、現実的ですし、効率的です。

まとめ


何か地域の中で、勝手に動いてる団体が目に付くようになったきたなら、それは良い兆候です。
形や規模は様々でしょうが、地域の中に新しい何かが生まれて育ち始めてるということですから。
その小さな動きを、正規化して、行政や昔からの団体の中に取り込もうとするのは、最もやってはならないコト。
大抵の場合、そのコトによって小さな団体の新しい動きは見えなくなり、大きな団体の流れに吸収されて、せっかくの新しい何かは育つことなく潰えていきます。

行政や、昔からの団体にとっては、目障りだったり、鬱陶しく思えたり、自分のところの事業にマイナスになるんじゃないかとか心配することもあるかとは思います。
ですが大抵の場合、新しい小さな団体の動きというのは、たいした儲けにもなってないですし、既存の事業をマイナスするほどの影響力もないのが普通です。

そこは、知ってるけど、知らないふりをして、自由に遊ばせていただければ、幸いかと思います。

以上
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