フィギュアスケート男子シングルのアクシデントからちょっと経って、各セクションから、まっとうな反応があがるようになった。

正論としては「脳震盪の疑いがある選手の競技続行は、強権的にでもやめさせないといけない」というモノ。

競技時点でのSNSやネットの反応の中でも、競技させるべきでないという、スポーツ・メディカルに詳しい人の意見は多数あった。
JOCなり、スケートの統括団体の中にだって、そのあたりに詳しいヒトはたくさんいたはず。
それをテレビで見ていた関係者だったいたはずだ。

しかし、それらの正しい知見が、現場に届けられるコトはなく、脳震盪は起こしていないだろうという、その時の現場の判断で競技続行が決められた。

この判断は非難されるべきだろうか?

現場の判断は尊重すべき


ここで、競技を中止させられなかった現場を責めるのは間違い。
現場は、得られる限りの情報と、知識、経験を元に、決定を下すことのできる唯一のセクション。

そこで下された決定は、いかなる内容であっても尊重されるべき。

仮に、関係者一同から現場に競技の続行or中止の指示がバラバラと入っても、それら現場以外の声は、判断を鈍らせることにはなっても、正しい判断を下す材料にはならない。

後で冷静に考えれば、最善の策とはいえない場合も、もちろんある。
しかし、現場は限られた時間、限られたリソースを元に、唯一の判断を下してアクションを起こす責務がある。

非常時には、現場の判断が頼り


こうした非常時において、後方から現場を完全に統率することなんてできるわけがない。
それは、どんなに通信手段が向上して、リアルタイムで指示を出せたとしても同じコト。
なぜなら、後方は、判断に必要になる現場の情報を、現場以上に把握することができないから。

こうした非常時の対応に関しては、現場のチームを組織した段階で既に決まってしまっていて、それを非常時になってから統率しようとするのは、もうできない相談だ。

故に、想定しない何かコトが起こってしまった場合、どんなに現場がもどかしい行動をとってしまっても、後方は手をこまねいて見ているしかない。

現場が下した決断が、組織の決断であると言っていい。

後方からできることは何もない。

まとめ


組織全体の質というのは、どのような現場を作るコトができるかで99%決まってしまう。
これはスポーツの現場だけでなく、あらゆる組織で共通に言えるコト。

何かコトが起こってから、現場の責任者を怒鳴りつけたり、後になってから責任を問うような運営をする組織は、同じ失敗を何度でもくりかえす。

現場の体制を整えるコトなしに、組織全体のパフォーマンスが向上することなんてないのである。

以上。
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