最近AI(人工知能)の本とか読んだりして、これがなかなか面白い。

身近なところでは、スマホの音声認識や、顔認識とかAIです。
声とか表情とかって、ものすごいバリエーションがあって、単純なロジックではとても識別できないんですが、今のAIはこれを高い確率で切り分けられます。

何か元になるデータと比較して判断するんじゃなくて、たくさんの発声データや画像データを取り込んで、その中から自ら特徴となる部分を抽出して判断する。
でもって、その特徴を抽出する技術(機械学習とかディープラーニングとか言うらしい…たぶん)が、飛躍的に伸びてる。

AIが、自ら世界の特徴を見つけ出して、それを元に判断する。

言葉に書くとシンプルですが、これはすごいことですよ。

AIが超えたのではなく、人間が止まった


AIは、自ら観察し、自ら解析し、自ら判断する能力を得た。

もちろん、人間の脳もこの能力はもともと備わってる。
ただ、この能力…ちゃんと使ってますかね。

何かわからない状況にあたったら、とりあえず検索する、誰かに聞く、書籍を調べる。
ここで終わってしまうんなら、自分では何かを判断してないんですよね。
単に知識を得て安心してしまってる。
誰かの意見や過去の見識に納得して、そこで止まってるだけ…その先が無い。

自らの判断で、世界の特徴を判断できてないんなら、もう既にAIに追い越されてます。
追い越されているというより、現状に安寧した人間が立ち止まってる。

世界には常に新しい世界へと向かっていて、常にその世界を観察し、解析し、判断しないといけないんですが、やれてますかね我々は?
自然知能負けてませんか?

自分の目に映るものを大事にしよう


自分の目で見ないと納得できない…っていうコトを言う人はいますし、そういう態度は凄く大事。
とはいえ、目で見て納得した…で終わってしまうのは残念なコト。
自分の目でみて、自分には何が見えるのかを、もっと大事しないといけない。

彼らはこうだと言うし、大筋で納得はいくももの、自分には少し違うものにも見える。
その少しの違いというのは、思ってる以上に重要だ。

なぜなら、その少しの違いが多様な世界を作るし、幅のある人生を形成する原動力になる。
みんなの合意というのは、あくまで妥協点であって、その一点だけが存在を許されるというわけではない。
そこから無数の意見が広がっていて、それを包括する基準点の一つとして合意があるだけだ。

誰かの意見に対して単純にYes/Noというだけなら、せっかく人間の備わっている、世界の特徴をつかみとる能力を遊ばせてるようなもの。
さらに言えば、多様な世界を生み出し、それによって人という種が生存していくという、人間の存在意義にすら反する。

もっと自分の目には何が見えてるのかを意識しないと、自分の人生は歩めない。
そう思う。
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