古い建物が活用されずに、がらんとしていて、徐々に朽ち果てていくのを見て、勿体ないなぁ~っていうコトをおっしゃる方は多い。
自分のまわりにも沢山居らっしゃるし、その通りだとは思う。
古い風情のある建物というのは、それだけで歴史を感じさせてくれる素敵なスペースになり得る。

ただ、それ自体はやはりハコモノ的な発想であって、そこにコストやリソースをつぎ込むことに、自分はあまり魅力を感じない。

結局、その建物の中をどのように活用するかとか、維持に必要なコストをどう稼ぐかを考えるのはヒト。
建物に投資するよりは、ヒトに投資するべきだと思う。

古い建物が朽ちるのは当然


そもそも、古い建物が活用されずに、やがて解体されるというのは、普通のコトだというのも認識しておかないといけない。
維持・管理にかかるコストを負担できなくて取り壊されるのが普通なのである。

本来であれば、取り壊されて残っているはずのない古い風情のある建物が、誰かの努力によって希に残っているからこそ、それだけで希少価値が発生する。

僅かにしか残せないモノであるからこそ、そこにある魅力に人は惹きつけられる。

残す努力をした人の魅力に惹きつけられる。

古い建物を残したいなら


どうしても、その建物を残したいなら、その建物を残すために必要なコストを稼ぎ出す仕組みを作らないといけない。
1回100円の見学料を取るぐらいじゃ、ぜんぜん賄えないのは明かだ。

この建物でなければならない商売、産業、サービスを構築できなければ、コストをかけて維持・管理することはおぼつかない。
そーゆー意味では、古い建物を残すことは、通常のビジネスを組み上げるよりも遙かにハードルが高いし、それが実現できているケースでは、関係者の努力は生半可なコトではないはずだ。

実際、そうした建物を残せているのは銀行、古い商家、旅館、といった、やはりそれなりに稼ぐ人達が携わってるコトが圧倒的に多いのであって、カネがない人間にとっては志だけでは難しいジャンルと言える。

行政の仕事ではない


こーゆーことは、行政が責任を持って云々おっしゃる方もいらっしゃるだろうけども、それは違う。

今や、この国の行政セクションには、古い建物を残す…というようなカネばかりかかる仕事を賄う余力は無いはずだから。
実際、行政が行うというのは、税金に行うということで、結局は民間セクションにカネがなければ回ってはいかないのは、考えればすぐに分かるコト。

資本主義のこの世の中、カネのかかるコトをしょうと思ったら、カネを稼ぐしかない…というのは自明だ。
古い建物を残すだけにカネを使うべきかどうかは、よく考えてみた方がいい。
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット