前回の「鯛まつり」に関連して考えていたことに関して、もうちょっとだけ触れておきたいです。
他所のブランドやキャンペーンに、便乗、タダ乗りしていいのか、ということ。

たとえば、今まで毎年恒例のキャンペーンを開催してきた人たちにとっては、勝手にそのキャンペーンを名乗られるのは迷惑というか、気持ち悪いという感覚はあるとは思うんですね。
俺たちがキャンペーンを作ってきたのに、ここで美味しいとこだけ持ってくのか?
それは、ずるいじゃないか?

そーゆー感覚です。

先にやってきた方にアドバンテージはある


その主張は、全くもって正論ですし、間違ってないです。
裁判でもすれば間違いなく勝てるでしょうし、賠償金ももらえるかもしれないです。

ですが、そこで得られた「正しさ」も、裁判で勝ち取った「賠償金」も、実は未来にはつながらないものです。

「正しさ」を得たコトで、今までの取り組みがより正当性を増したことは喜ばしいですが、逆にいうと、そこからさらに高いレベルに向上する機会を失ったというとらえ方もあります。

パクられるのは、見込みがある証拠


例えば、どこかの団体が、自分たちがしてきた取り組みをまるまるパクって、それで人気が出て、売上も伸びて、儲かってるとします。
昔からやってきた人たちにとっては、全く面白くない状況で、なんとかしないといけない状況でもあります。
裁判でもおこして、賠償金でもふんだくってやろうか、という気にもなりそうなところ。

ところが、そこにはもう一つの選択肢があって。

向こうはパクってるだけなのに、なんでうちよりも人気があって、売り上げもあるんだろうか、というコトに真剣に取り組むと、また違う道が見えてきます。
向こうは、自分たちがやってきたサービスに足りないことを見つけて補っているからこそ、自分たちより人気があるはずなのです。
その足りないところを補い、向こうよりもさらに発展させた形で、サービスを組みなおしていければ、流れたお客さんが戻ってくるだけでなく、新たなお客さんを獲得する機会にもなるわけです。
それが「競争」というものだと思います。

競争と切磋琢磨で成長する


ここで、安易に値段を安くすればいいと考えて、サービス本体に手を付けないようであれば、お客さんの満足度上昇にもつながりませんし、発展もそこまでになります。
それこそ裁判など起こしたりするのはリソースの無駄使いもいいところです。

常にサービスの向上を意識し、バージョンアップを繰り返していくことによってのみ、さらなる高みのレベルに到達することができるはずです。

結局、「正しさ」を主張するだけでは何の意味もなく、例え競合になる相手が「正しくない」手段を用いたとしても、それを凌駕できるサービスを構築していくことでしか、対応できないはずです。
それでも、さらにパクられて相手に勝てないようなら、自分たちがやってきたサービスもそこまでのものだと諦めるよりほかないと考えるよりない。

世の中、先に始めた方にアドバンテージがあるのは確かですが、それは常に成長することで、先頭を走り続けられるということであって、他所に対して、独占を主張できるということではないです。

厳しいですよ。
実際。

以上。
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