苦しむ者は藁をもつかむといいますが、残念ながら藁ではあんまり助けにならないというのも事実。
藁なんかつかんでる場合じゃないんじゃないの…という話もあります。

衰退に苦しむ地方がつかむ藁として、コンサルとか、専門家とかあるわけですが、それは誰がどう考えたって無意味なことです。
ですが、安全で、確実で、確かであるとされることしかしたくない一部の方々には人気のある選択肢のようです。

コンサル/専門家は当事者ではない


まず、最初に認識しておかないといけないのは、コンサルも専門家も、よき助言者であり、情報提供者であることは確かですが、残念ながら当事者ではありません。
どんなに有益な助言や、情報であっても、それを実行するのは当事者たる住民であって、そこを動かす(もしくは自ら動く)ことができなければ、何の役にも立ちません。

一番重要なプロセスの実経験がない


多くの場合、コンサル/専門家からの情報は、他所の地域での成功例とか、結果だけをみれば美味しく見えますが、そこに到達するまでの過酷なプロセスは大幅に省略されて伝えられます。
といいますか、そこのところを詳細に伝えたくても、そもそもコンサル/専門家の方々の多くは、その過酷なプロセス自体を経験していないので伝えることができないわけです。

稼ぐことと真逆のコトを勧めてくる


地方衰退の大きな要因は、自ら稼ぐ手段に乏しいというのが、かなりの割合を占めます。
ということは、自分たちの手で稼ぐことができるようになれば、地方のシリアスな問題はたいてい解決することになります。
ところがコンサル/専門家は、たいてい間逆のことを勧めてきます。
つまりは補助金や助成金の活用です。

本来なら、当事者の出資でスタートすべきなのでしょうが、それでは実行可能になるまで時間がかかりすぎることを嫌って、申請して数ヶ月以内に利用できるような補助金を勧めてくることがままあります。
コンサル/専門家にとっては、資金が何であれ、自分たちの助言を行政なり団体なりが実行してくれることが自分たちの実績になることをよく承知してますから、こうした策を進めてきます。

結果は当然ながら補助金や助成金が切れれば、そこで事業もおしまいです。
結局は、コンサル/専門家の懐に相談料が入り込むだけに終わります。
まったくもって無駄。

当事者が誰か…もっと考えよう


地方衰退の当事者って誰でしょう。
地方公務員?
お役所?
いやぁ、違うでしょう。
地方に住んでいる住民全員が当事者です。

住民の中には、地方の衰退の責任は行政にあって、お役所が責任を持って何とかしないといけないという話をされる方がいらっしゃいますが、間違いです。

住民自身が動かない地方の経済が発展するなんてありえません。
マンパワーが必要なら、住民自身が動かないといけません。
資金が必要なら、自腹を切るよりほかありません。
だって、自分たちのことでしょう?

住民の皆さんは、仕事が忙しいし、自腹を切るのは経済的に苦しいという話もおありでしょうが、そういう方々は、早めに地方を脱出して都会に行ったほうがいいと思います。
そうすれば面倒をみなきゃならない口数が減りますし、かえって小規模な枠組みでやったほうが上手くいく事柄だっていっぱいあります。

行政も、コンサル/専門家も、住民の動きを円滑にするための、制度上のサポートやアドバイスはあってしかるべきですが、基本的にそれ以上の動きをする必要もありませんし、してはいけません。

今後10年と待たずに、男鹿市のような人口は3万人程度しかいないのに、それなり面積を持っているような地方は、行政も、民間も、経済的に厳しい選択を迫られてくるはず。
そのときに、何もかも行政任せにしていては、何の問題解決もできません。

当事者たる自分たちで解決する力を取り戻さなければ、自分の生まれた故郷、地方に住み続けることさえ難しくなるはずです。

今日のところは以上。
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