国文祭もよーやく終わりました。

自分は、近所に「としどん」の話を聞きにいっただけなので、他はマスコミ報道しか知りませんが、週末のイベント会場はそれなりに盛り上がってたようです。
こうした官製イベントのオンパレードに対しては、賛否いろいろあるでしょうが、まぁ、人出も多かったようですし、企画した側、出し物をした側にとっては、まずは満足いくような結果だったようで、それはなにより。

とはいえ、自分的にはどーにもこうした会場を埋め尽くすような人手の中にいるのが苦手な性分もあって、なかなか一緒になって…という感じにはなれないです。
人混みが苦手なんですね。

あとは会場の中で、自分が1/100とか、1/1000という存在として扱われるのに納得しないとか、そーゆーのはあるかも。

合った人数規模


何かをするときに適正な人数規模とかあるかも。

ひたすらクリエイティブな作業に従事する場合は、たぶん人間は一人が向いてる。
自分の中を一途に掘り進めていく作業に、他のヒトの関与はたぶんマイナス。

同じ趣味の人が集まって交友を深めるようなのが目的であれば、たぶん20人以下が向いている。
ん~ほんとは10人以下がいいかな。
だいたい全員が、全員と面識を持って話をしてっていう部分を重視するには、20人を超えると無理が来る。
One Of Themっていう扱いは、本人の満足度を下げちゃいますし。

20人から100人ぐらいの集まりは、個性的なコンテンツ、ライブをみんなで楽しむような規模だと思う。
そんなにメジャーじゃないけれど、好きなヒトには堪らないっていう感じ。
みんなが、みんな仲良くなる必要はないけれど、一つのコンテンツやライブを共有することで、連帯感が高まるっていう感じ。

100人を超えて、1000人とか、1万人とかいう規模になると、もう参加者同士がどうこうっていうのは、限りなく薄くなって。
よくても、たまたま隣に座ったヒトと仲良くなるコトがある程度。
今回の国文祭イベントはこの線を狙って、この線で成功したのかな。

何かを生み出す人数規模


いまさら書くことでもないですが、自分が主催してるサイクルイベント(CAO)は20人程度の規模を狙ってます。
スポーツサイクル自体は、それほどメジャーとは言えないですが、非常に求心性の高いコンテンツです。
好きなヒトが集まって、お互いに知り合いになって、その中からいろんなモノを生み出していければ…というのが、狙っている線で、今のところ良い参加者さんに恵まれて、今年一年は順調に行っていると思います。

参加された方の提案で実現した企画もありました。
この規模だと、自分も何かできるんじゃないかという心境にさせる、受け身だけじゃ無くてもいいんだという感覚があるんだと思います。

受け身で楽しむ人数規模


参加者の規模が大きくなると、どうしても受け身になりがち…というか、受け身にならざるを得ません。
メインとなるコンテンツはステージの上とか、ガラスケースの向こうとかになりますから、自分の方から何かアクションをするという楽しみ方ではないですしね。
こうした形だと、参加者同士で仲良くなるっていうケースも少ないでしょうし、そこから新しい何かが生まれるっていうのも少ないでしょうし、そのへんが自分には性に合わないのかも。

どうせ手間暇かけてイベント準備をするなら、参加者同士の中からも新しいモノが生まれて欲しい。
新しく生まれたモノは、イベント主催側にとっても楽しめる、新しいコンテンツでもあるわけですし。

まとめ


別に大きなイベントがダメっていうわけじゃないです。
先にも書いたとおり、それぞれの規模に合った人数とか、自分が好む規模とかがあるだけですから。

ただし、そこから何かを生み出したい。
このイベントを機に、新しい一歩を踏み出してほしい。

そーゆーところを重視するなら、少数規模の企画に、もう少し目を向けて欲しいかな…っていうのはあります。

実際、国文祭を総括するようなコメントにはそんな感じの内容が多いです。
そのためには今回みたいな大きなイベントを企画するコトとは、別のコトが必要になるんじゃないか…とは思います。

以上。
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