greenz.jpの記事で面白いのがあったので、まぁシェアです。
といっても、本旨であろうエネルギー云々の話しはどうでもよくて。
「応援はいらない、自分で動こう。」という後半部分の話に激しく同意。

greenz_no_ouen

正直な話、田舎では「応援団」が多すぎ。
イベントとか、自転車とか、そーゆー話をすると「いいね」「応援するよ」「頑張ってね」「期待してる」という反応が返ってくることしばし。
まぁ、反対されるよりはイイコトですし、資金的な援助なり、物品的な援助なりあれば助かることは間違いないのですが。
ただ、応援そのものが自分のやっている取り組みに何かプラスになるってことは、ほぼ無いんですね。

誰にだってできるし、誰でも動くべきだし


自分が取り組んでるコトは、小さなコトばかりで、大きな資金も、設備投資も必要のないコト。
言わば誰にでもできる、取るに足らないような取り組みでしかないです。
それでも、その小さな取り組みを下地にして、新しい仕組みや、新しい流れを作っていけると信じて進めてます。

その意味では、自分なんかの応援をしてもらうよりは、各自各々が別々の小さな取り組みをスタートさせてくれた方が、はるかにありがたい。
取り組みそれ自体の成功率はそれほど高くないと踏んでいることもあって、そういう取り組みはいくらでも数があったほうがいいに決まってます。

小さな歯車1個を、どんなに高速で回したって、出来るコトはたかが知れてますし、そのうちベアリングが焼き付きくか、歯が欠けます。
ですが、歯数の違う小さな取り組みどうしであれば、それをかみ合わせて大きな動きを作り出すことだって可能です。
小さくてもいいから、歯数の違う歯車がたくさんあれば、いろんな組み合わせで、いろんな動きを作り出せるはずなんです。

望みがなければ、活きてはいけない


自分が望む未来を手に入れるには、自分が何を望むかを自覚した上で、自分で動くしかないです。
ヒトの応援なんかしてる場合ではないです。
誰も、あなたの望む未来を実現するために動いてなんかくれませんから。

地方が衰退してるのは、地方に自ら稼ぎを作り出す仕組みがないから。
その仕組みがない理由はいたってシンプルで、稼ぎを作り出そうとする人がいなかったから。
誰かの稼ぎにぶら下がることばかりに執着してきたから。

今の経済原理では、こうしたぶら下がりを切り捨てることで収益が改善できるという認識が一般化してきましたし、もうぶら下がりで生きていける時代は終わりを迎えます。
これは、民間の話しだけでなく、行政もそう。
1,000兆円の借金持ちの組織なんて信用してる場合じゃないです。

自分の食い扶持は、自分で稼ぐ。
仕事がなければ、仕事を作る。

それができなきゃ、地方で、田舎で、故郷で活きてくなんてできないと思います。

今日のところは以上。
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