程度や、状況は、それぞれあれど。
伝統行事や祭りが、観光化、商業化による変質を余儀なくされてく中で、本来それを担っていくはずの地元住民が、悩みを感じたり、伝統に対する意識のずれが顕在化してきてるっていうのは、万国共通のようで。

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ベネチアのカーニバルなんていうのは期間中300万人の観光客が訪れる、観光化、商業化としては、最大級の成功を収めてる事例。
しかし、そこには多くの地元住民の理解があるというわけではないようで。
期間中は他所に行ったり、外を出歩かないようにしてるヒトも多いようです。

コスプレナマハゲ祭りの悪夢


例えば、男鹿半島で大晦日にナマハゲが家々をまわることをせずに、他所から来た観光客がナマハゲのコスプレをして、夜通し町を練り歩くなんてイベントが行われて、それに数十万人の観光客が来る様なことがあったとして。
そうなれば、ほとんどの男鹿半島の住民は、家に引きこもって紅白をずっと見てるか、さっさと寝ちゃいますよね。
で、翌日、散らかされた町の掃除をして新年を迎える…とか。
そこには、もう伝統も文化も何もなくて。

生き死にが切実で身近な時代


伝統的なお祭りが成立したのは、たいてい、今よりもずーっと昔のこと。
今よりも生活は遥かに貧しく、一度の農作物の凶作で、村の人口の何割かが失われたり、とかそういう時代。
台風、洪水、大雪、地震といった自然災害から身を守る術は、ほとんどなく、ただひらすら耐えるだけの時代。
「生きる」ことも「死ぬ」ことも、今とは比べ物にならないくらい切実で、身近だった時代。

そうした想いの上に成立してきた祭りの本質を、今の僕たちが、どんなに考えたって、どんなに体験したって、その想いの中にある本当の「何か」を感じることなんてできません。
その意味では、祭り自体が時代に合わせて変質していくこと自体は仕方のないことですし、ある意味当然のことです。

決めるのは住民であるべき


ただ、それをどう変えていくかぐらいは、祭りを現在まで伝えてきた地域の住民が決めることなんじゃないかと思っています。
観光化にしろ、商業化にしろ、地元の要望というよりは、他所の観光業者の思惑であってり、土産物業者の思惑だったり、必ずしも地元の人の想いで動いているとは言えないのが、現状なんじゃないかと感じています。

その意味では、男鹿半島のナマハゲは、大晦日に行われる伝統行事としての一面と、小正月に行われるナマハゲ柴灯祭りをはじめとした観光としてのナマハゲが、上手く両立していた事例だったと思います。

過去形で書いてるのは、ご存知の通り大晦日に行われる伝統行事としてのナマハゲが、すでに後継者の不足から、多くの地域で途絶え始めているということ。
観光もしくは教育という観点から形成された、観光としてのナマハゲの定義が一人歩きを始めて、対外的にはそちらの姿が、本来のナマハゲの姿にとって変わろうとしていること。
さらには、見た目のインパクトだけを求めるメディアが中心なって広められている、薄っぺらい消費コンテンツとしてのナマハゲが全国的には一般化してきてしまっていること。

こう書くと、もう本来の姿から、時代の移り変わりとともに継承されてきたナマハゲは、もう居場所もなくなってきたのかと考えてしまいます。

なんとかして、他所に氾濫している勝手なナマハゲを駆逐して、昔ながらの姿を取り戻していくというのも選択ですし、このまま昔の面影を残しているうちに、自らの意思で封印する、というのも選択です。
それを決めるのは、テレビ局や新聞はもちろん、市役所でも、観光協会でも、教育委員会でもありません。
すべては、地元住民が決めることです。

男鹿半島に住まうみなさん。
このへん、もう一度、よーく考えてみませんか?

今日のところは以上。
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