と言っても、分割してバラバラにするというお話ではないです。
もちろん。

そもそも自分の意見は一つではない


人間って、統一された只一つの定義に基づいて行動してるわけではないです。
自分の意識自体が、様々な意見の集合体的なところがあって、それぞれの活動領域において、別の意見に従って動いているのを、その時々で使い分けてる。

仕事をしてる時と、自転車に乗っている時、ブログを書いてる時、仲間とイベントの準備をしてる時、etc、etc、、、
すべてにおいて、同じ考え方、同じ行動原理で動いているわけではなくて、それぞれに別の意見や行動原理に基づいているのは間違いないです。

例えば、積極的に関わってる団体とは、継続して活動することで地域にも自分にもメリットがあると思ってるからだし、あまり気乗りのしないイベントでも準備に関わるのは、同級生に頼まれたから、とか。
自転車の乗ってる時は…まぁ、あまり難しいコトは考えてないですが、サイクルイベントを企画してるときは、もっとたくさんの人に男鹿半島に自転車で来てもらえるような下地を作れればいいなと思ってます。

と、左様にそれぞれの時で行動原理は別です。
それを無理に統合した、統一した理屈をつけようとするとおかしくなる気がします。
絶対、矛盾した考えや行動原理が、一つ二つ出てきますから。

ブログに関しては「地域活性化」というカテゴリーを用意していろいろ書いてますが、落ち着いて振り返ってみると「地域活性化」という枠でくくるには無理がある内容が多い気がします。
ブログで「地域活性化」という内容で書いてる時は、世間一般で言われているような「地域を活性化させたい」という行動原理ではない…気がします。

準消滅地域の成員としての自分


おそらく衰退して、やがて消滅を迎えようという地域において、どうやって自分は生きていけばいいのか…どうやれば自分は生きていくことができるのか…という部分に対しての想いが、強い行動原理、ブログを執筆する動機になってます。
極端な話、男鹿市の人口減少ペースと現在の人口から単純計算すると、自分が生きているうちに男鹿市は消滅します。

そうでなくても、人口減少が進めば今の仕事は、おそらく成立しなくなるだろうし、そうなった時にどうやれば男鹿半島に住み続けられるか、というあたりが核心的な動機です。
たまに冗談で言っている「自分らが、男鹿市の最後の住民になるかもしれない」は、実はあまり笑えない冗談だったりするという。

それぞれをバランスさせて、それぞれアウトプットする


だからといって、今まで関わってきた活動から手をひくわけではないですし、そのあたりは今まで通り動いていきます。
様々な活動領域のアウトプットを大幅に変える理由もないですし。

ただ、そうした準消滅地域の成員としての考え方で動く自分がいることは、自分でもちゃんと認識しておきたいですし、他の人からも認識してもらいたいと考えてます。
その方が、自他共にわかりやすいですから。
考え方の違う活動をしてる時に、別の時の自分の基準を当てはめようとすれば、それは不整合を起こすのが当たり前ですので、そこは気をつけたいところ。

まとめ


自分の中に、それぞれ意見を異にする自分がいて、それぞれの場面でそれを使い分けで活動しているという考え方は、何かの本(たぶんT.U.さんかな…)で読んだしますが、そう考えると割とすっきりします。

自分の中にいる、さまざまな自分の意見を、上手くバランスとりながら、使い分けていくことで、トータルとしても、それぞれの場面においても、パフォーマンスを向上させることができるような気がします。

以上。
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