小林旭さんの話じゃないので、間違えて検索に出てきちゃった方は、お引取りになるか、最後まで駄文につきあっていただくか。

Facebookで、アイコン(プロフィール写真)にトリコロールカラーを合成する機能が公式(おそらく期間限定)に実装されて、それについて賛否が出てたりする。

背景にある事象(テロや祈りなど)に関しては各自の主張なので、各自の意見を尊重すればいいだけで、アイコンを変えたから、変えなかったからというコトを書きたいわけではなく。

そもそも、FB側にしても、思慮深く検討して実装してきたわけじゃなくて、SEの誰かがソースコードちょっと書き換えれば実装できるんだし、まずはやってみようか…ぐらいの軽い感じなんだろうし。

なので、そのことについては論じない。

変えないほうがいいコト


自分は、基本的に何事も変化をしていった方が、人が生きていくには都合がいいと考える性質ですが、実はネットの中では変えない方がいいものもある。

そのひとつにアイコンも含まれます。

これはネット社会における顔。
他者を識別するために最も活用される識別子。

これを頻繁に変えるコトは、他の人を混乱させることが多少なりとある。

実際、今回の機能実装後に、最初に思ったのは「このアイコン誰だ?」という純粋に識別しずらくなったコトへの不満。

自分のFB、TWをフォローされてる方はご存知でしょうが、自分のアイコンはTWを始めた頃に撮影したモノで10年ぐらい、ほぼあのままです。

かぶってるキャップがTDF2004のだったりしますし…

現実とネットは違う


自分もインターネットが登場する前…パソコン通信と呼ばれた時代からネットを活用してた人間なので、ネット社会で、現実と同様に振舞うことに問題があることは身にしみてます。

顔を合わせて話をするのと、文章のみでやりとりするのは、全く別のコト。

直接、顔を合わせない記号を介したやりとりである以上は、その記号を変えるコトは、コミュニケーションに少なからず影響を与えます。

現実に顔を合わせているのであれば、身に着けるモノや持ち物にトリコロールカラーを入れて、自らの考えや祈りを表明するの不都合はなく。
それがあることで広まりや共感に繋がるコトもある。

他方、ネットでは、この機能をめぐって両論起こったり、対立が発生したり、円滑なコミュニケーションが損なわれたり。

SNSにおけるアイコンというのは、その人の投稿を見るときに必ず目に入るもの。
それを変更することは、テロや祈りに関して長文投稿を投ずる以上に、影響が大きいことは認識しておかないといけない。

その意味では、あんなに簡単にアイコンを変更できる機能を、FBが公式に実装したのは、少々安易。
逆に、これによってどんな論がFB何に起こるかの実験に付き合わされた感も少なからずある。

昔の名前(アイコン)で出ています


識別手段(アイコン、プロフィール)や、アクセス手段(URLやメールアドレス)は、可能な限り変えない方がいい。

これは自分の持論。

もちろん、何か人生の重大事を断ち切りたい…というコトもあるだろうが、そーした場合は、アカウント自体を変えたほうが効果的だろうし。

いずれ、今回のトリコロール騒動は、本質と違うところで両論が出た時点で、狙った効果を発揮できなかったのではないかと…そう思います。
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