他人事は大雑把


最近、携わった、とある仕事(プロジェクト?)において、くみ取った教訓です。

「地元を活性化する」
「若者の雇用の場が必要」
「企業誘致」
「子育て支援」
「少子高齢化対策」
「買い物難民」

こんな感じの大雑把な問題提起。

言ってる事自体は間違ってませんが、それに対して自分は何をしているか、何が必要になるか…というコトに関して具体的な取り組みをしてるヒトは稀です。

政治家に限りませんが、こうしたお題目を声高に叫ぶヒトは、たいていは具体策を持ちません。

具体策を持っちゃうと対象となる人を限定しちゃいますから、なるべく多くの方の支持を得ることが目的だったり、上から目線で他人に要望を持ち込むだけの方々にとっては、具体策を持つことのメリットはないんです。

要は、他人事。
この問題を解決しなきゃならない、という強い意志はそこにはありません。

ひどい場合は、問題が解決されない内は、その問題を叫ぶことで自分の立場が確立できるとまで考えている人すら。

自分事は具体的


何としても、問題を解決したい。
地域のためにも、課題をクリアしたい。

そう考えてる人にとって、問題は具体的です。

地元の活性化が必要だというなら、まずは外貨を稼ぐためのモノ、サービスの開発から着手する。

余所でよくやってるような、ありきたりの事例を真似したりしない。
可能な限りローコストでスタートして、競争の激しい激戦市場に消耗戦覚悟で仕掛けてくなんて無意味。

自分が必要だと思う、自分なら利用したいと思うモノやサービスに自ら取り組んでいく。

地域の活性化に必要なのは「カネ」ではなくて「カネを稼ぐ力」。

故に、問題を共有し解決するためのアプローチは、政治や行政ではなくて、商売人マインドを育てるコト。

そのあたりの本質を捉えるには、問題を自分事として捉えなければ絶対に到達できないし、何も解決できない。

お題目を相手に、正論振りかざすだけで、世の中変えていけるほど、甘くはないです。

他の問題にしても、本気で取り組んでるヒトは、具体的ですし、行動的です。

「正しさ」より「熱意」


結局は、問題を解決し、世の中を少しでも変えていきたいと思うなら、情熱を燃やして、熱意を注ぎ込むより仕方が無い。

誰だって他人事にはエネルギーを注ぐことなんかできはしないので、どれだけ具体的に自分事に出来るかが勝負。

言葉の上での「正しさ」なんか何の役にもたちはしない。

まずは、世の中のどの部分を自分事にできるかを、直感的に見極めるコト。
そこからだ。
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