今朝、起きたら窓の外で、うちに巣を組んでたらしいヒヨドリが騒がしい。

窓を開けて、様子を見ると猫が走っていってそのまわりを飛び回る親鳥。
あぁ…どうやら雛が襲われたらしい。

昨日あたりから、巣から飛んでった雛がいたのは気付いてたので、まだ上手く飛べずに逃げ切れなかった様子。

特に世話をしたわけでもないものの、ここ1ヶ月ほど、玄関前で毎日顔を合わせてた人間としては、少し残念な光景だ。
とはいえ、これも自然だし、何ともならないし、どうにもならないし、出来るコトも無い。

今も窓の外では親鳥がずーっと鳴き声をあげてて…なんとも痛ましい声に聞こえる。

ペットとは別の世界


正直、あの鳴き声を聞かされると、テレビやネット、ペットショップの中に溢れてるであろう「可愛い」「愛らしい」という形容詞は、ぜんぶ吹き飛んでしまう。

やはり、自然の中で生きるコトは厳しいコトだ。

自然界の生物の関係性は捕食者と被捕食者。
文字通り、食うか食われるかだ。

モニターの中で、愛想を振りまいている猫たちも、さらに小さくて弱い生物を補食して生きてる。
当のヒヨドリにしたって、小さな虫を雛に与えて育ててる。

当事者にとっては、当然のコトをしてるだけだけど、それを割り切れない気持ちがどこかにあるし、そういう気持ちにさせる悲痛な鳴き声が今も耳に届いてる。

それでも生きるんだろう


悲しみの声をあげている親鳥たちも、また来年になれば、巣を作って雛を育てることだろう。
それが彼らの生き方だろうから。

そうして諦めずに何度でも「生きる」ことに挑戦するのも、厳しい自然界を生き抜くための、彼らなりの戦い方なんだろうな…と、そう思う。

そう思わないことには、自分自身も納得できない、そんな朝の出来事でした。
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