タイトルはなんかアレですが、言わんとしてるコトは分かってもらえるんじゃないかと思いまして、書きます。

若い頃は、未体験のコトが多いので、未知の出来事に対して期待と不安を両方抱え込みながらも、期待の方を大きく膨らませて、どんどん進めていた気がします。

が、人間歳をとるとやり方がこ狡くなりまして。

中途半端に人生経験積んでるために、未知の出来事に対しても、今までの自分の経験をもとにしてカテゴライズして、まぁ、せいぜいこんなもんだろうという勝手な見積もりを立ててしまう。

たいしてコト無いだろうと過小評価してしまう。

結果、何事にも消極的で、今までやり方、今までの生き方を変えることなく、見通せる未来だけを進もうとする。

ちょいと前までの日本だと、国は順調に発展してたので、それはそれでも良かったんでしょうが、今の世の中見てると、とてもいままでの見識のままで生きていけるとは思えない。

やっぱ、常に新しい出来事へ向かっていく力が必要だ。

熱意を持つ


新しい出来事に向かっていく原動力は「熱意」しかない。

どんなに理路整然とロジックをくみ上げようが、真正面から正論を語ろうが、そこに熱意が無ければ、人は動かない。

自分自身を動かすこともできなければ、人が動いてくれることも無い。

熱意を伝える方法は行動だ。

もちろん、こんなトコでblog書いてるだけじゃ伝わらない。

直接会って、思いを伝えるしかない。

「熱意」のある人は、会って話せば分かる。

表情、佇まい、口調、声の張り、あらゆるところに、その人の「熱」があふれてくる。
別に、声が大きいとか、口調が強いとかそんな表面的なコトではなくて。

内面の「熱」が、言葉の一つ一つに滲んでくる。

そして「熱」は伝わるのだ。

これは、人の心でも、熱力学の科学の世界でも一緒。

この「熱」を伝える、唯一の手段が「熱意」をもつこと。
それしかない。

熱だけは失いたくない


人間、今までの経験に基づいて生きた方が楽なんだけど、そーすると、どんどん発する熱量が減ってくる。

年齢を重ねればなおさら。

内面で燃えるモノが無くなってくる。

熱意を持てなくなってくる。

熱意を持てなくなって、お決まりの、よくある人生を生きるってのも悪くはないんだけど、ちょっと味気ない。

自分なんて、たかだかたいしたコトのない人生を送ってるんだから、せめて、常に「熱」をもって生きてくコトだけは忘れたくない。

この先もずーっと。
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット