人生は面白い方がいいです。

人生は楽な方がいいです。

遊んで暮らせるなら最高です。

こーゆーことを書くと、目くじら立てて説教したくなる方もいるかもしれませんが、ところがこれ自体は、すでに大部分の人にとって達成されているとも言えます。

どーゆーことか。

みんな遊んで暮らしてるじゃん


たとえば、産業革命以前において、大部分の人が一次産業従事者。
仕事そのものが食料の生産、確保、エネルギーの確保です。

仕事をすること自体が、生きる為に必要な食料やエネルギーを得る手段でした。
一生懸命に働くこと自体が、自分の食料の取り分だったり、家族や友人への分け前を増やす唯一の方法だったはず。

その頃の人から現代社会は、どう見えるか?

大部分の人が、耕すこともせず、漁にも、猟にも出ず、木も切らない。
朝になると、町に集まって、何かよく分からない場所に座って話し合ったり、何かをじっと見ていたり。
昼になると何もしてないのに、特定の場所に行くと食事をもらえて。
夜、自宅に帰る途中に、食料が大量に集まってる場所から、何もしてないのに食材をいただいて、自宅で調理する。

これ既に「遊んで暮らしている」ように見えませんかね?

仕事をするのは誰


もちろん、現代人の目から見れば高度に分業化が進んでるだけで、遊んでるわけじゃないんですが、視点をぐいっと過去に引き戻すと、すでに「遊んで暮らす」社会は実現しているというのは、そういう意味。

生きることに直接かかわらない「仕事」は、大昔の人からみれば「仕事」には見えないですから。

ではでは、この視点をさらに未来に伸ばしてみるとどうなるか?

食料とエネルギーの確保は誰の仕事になってるのか?

やはり、ここで出てくるのはAIとロボット技術の進化。

現代のAIは、今まで人間じゃなければこなせなかったような、繊細でクリエイティブな作業を、人間以上に正確に判断できるようになってきているのは、こないだの記事にした通り。

農業や漁業に関する膨大なビックデータを収集さえできれば、機械学習で学ばせることで、人間の経験を元に、的確な判断をさせることは難しいことではないはず。

気温や日照のデータから、その日にこなすべき農作業を的確に判断したり。
海の状態や、海底のデータから、魚の群れの位置を的確に予測したり。

あとは作業を的確に進めるロボットがあれば人の手なんか要らない。
今だって、大規模農家さんが鍬を持つ機会は少ないだろうし、漁師さんだって、櫂漕いで手で網を引いてるわけじゃない。
その用途に向けた専用のロボットとAIがあれば、ほぼすべての作業を人の手を介さずこなせるわけだ。

エネルギーの確保にしたって、太陽光パネルの発電効率や、バッテリーの蓄電技術が向上すれば、ほうっておいても勝手に発電してくれる。

食料もエネルギーもメンテナンスとインフラだけ面倒みてやれば、あとはAIとロボットが、よろしくやってくれる。

人間の仕事が「仕事」じゃなくなる日が来るのは、そんなに遠い未来ではなさそう。

遊んで暮らそう


いや、もちろん仕事してください。

ただ、今やっている仕事の中に、人間が仕事をする意味や、AIやロボットに作業させた時の意味を、考えておいた方がいいというコト。

どんなに真面目に正確に仕事をしても、ほんの一部の熟練工以外は機械にはかないません。

気持ちを込めて…とかでは足りません。
そうした細微な違いや、本人ですら気づいていないような僅かな技であっても、AIが読み取って学習できないとは限りません。

鍵は、仕事の中にある小さな「あそび」。

あるいは「ゆらぎ」。

はたまた「まよい」。

そうした不定の要素。

これらは、未来を未確定にする要素に、人間が仕事をする意味が含まれてる気がする。
この話、面白いんで、もうちょっと深堀したい。
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