これに関しては、正しい間違ってるという話じゃなくて、感覚としてのお話ではあります。
表題の問題について、何が何でも解消しなければならない…という必要性をあまり感じていません。
言い換えると、現代の日本の人口は、もともと多すぎるのではないかとさえ感じています。
急激な少子高齢化が進んだのも、人口が急激に増えたことへの潜在的な危惧というか、反動という一面もあるのではないかと。

今日は雪の中、車で秋田市まで出かけてきましたが、あちこち車で溢れてます。
平日なら朝夕は渋滞するのでしょうし、電車も満員で息苦しいのでしょう。
毎年、一万人単位で人口が減ってる秋田県ですが、それでもこんなに人がいます。
こんなに人がいる必然性があるのか、と問われれば、あると断言できる要素は少ないと思います。

もちろん、人口が多い方が商売をするには有利でしょうし、税収も多いので社会インフラの整備も進むでしょうが、昔のように雇用が十分に確保されてない現状では、給与や消費には反映されず、そのメリットも霞みます。
産業、雇用、消費、そして人口は規模云々より、その地域ごとのバランスがあると思いますが、秋田に関してはもっと小さい規模が適してるように感じてます。

縮小してる産業規模で賄える人口は、ものすごく大雑把には言うと、今の1/3程度まで減少しても構わなかと。
もちろん、その規模になったら、今のライフスタイルとは違う暮らしになるとは思いますが、それも悪くないと思ってます。
別に、我々の先達が築いてきたライフスタイルが至高で不変である必要はないです。
それを基準にすると、何もかもが昔のライフスタイルの劣化番、縮小版に見えてしまうかもしれませんが、そうではないというのは明白ですから。
むしろ、先達の時代こそ、とんでもなく右肩上がりの特殊な時代で、例外的なライフスタイルとも言えるわけですから、そこからの積極的な変化は、むしろ我々以降の世代にとっては好ましいものだと思ってます。

自分たちの時代は、自分たちのの価値基準を元にして生きていかないと、生きづらくて仕方がない。。
まぁ、自分もまだまだ昔の基準を引きづってるとは思いますが、変化は積極的に受け入れて進めるようになりたいです。
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