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管理することが最良とは限らない

念のため、一般論として。
まぁ、施行前なので関係はないですが。

何事も、管理することが最善とは限らないというのは、誰もが何となく知っていながら、しかし世間では、その全く逆の方向へと流れて行ってる。
管理することで、短期的にはそのまわりの効率が向上し、効果がみられるというケースは確かにあるだろうし、それが目的でもある。
しかし、一度管理されることになれた人は、そのあとに自発的に何かを生み出すようなアクションを期待できなくなる。
管理の外のことを行うことを禁じられるわけだから、それは当然の結果。
結果的に、その人が本来持っているはずの創造性や、発展性を阻害しかねない。
どんなシステムであれ、システムを設計したことある人なら知っているのは、「あそび」がなければシステムはそこから破損し、瓦解する。
すべてを図面上と同じ動作を期待しても、そうは動かいないのが人間。
それを忘れると、後で手痛いしっぺ返しを食らうかも。

情報の管理も同様。
情報というのは発信者があって、ベクトルがあって、受信者があって初めて意味を成すもの。
それを一か所にとどめ置いても、結局、たいした情報にはならないし、そんなモノを秘密であると指定したところで、あまり意味はない。
結果的に、どうでも良い秘密が増えていき、その秘密を守るために、さらにくだらないことが秘密に指定されて。
まぁ、恣意的運用を可能にするのどうのという話も出てるけど、だいたいがくだらない秘密をため込むだけのダメ法になるんだろうなぁ。


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Published in 雑記

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