男鹿半島は、今でこそ秋田市からクルマで1時間で何でもなく移動してこれますし、五城目の方からも大潟村経由で移動できますし、まわりからの距離はすごく近く感じます。

が、かつては違いました。

男鹿半島が陸続きになっているのは北側の宮沢海岸のあたりだけで、半島というよりは、ほとんど島。

もちろん、絶海の孤島というわけじゃないので、交易もあったでしょうが、余所の地域に比べると、圧倒的に自給自足の必要性が高かったのは間違いなく。

そしてその自給自足の文化は、比較的近い時代まで続いてきてます。

男鹿半島には、まだ自給自足の文化があります。

自給自足の文化って?


自給自足の文化っていうと何かと思われるでしょうが、別に何と言うこともないです。

文字通り、田んぼにしろ、畑にしろ、山の幸にしろ、海の幸にしろ、自分たちで作った、自分たちで獲ってきた食べ物で生きていく。

それだけのコトです。

田んぼのコメ。
畑の野菜。

山に入れば山菜もキノコもある。

もちろん、肉や魚も必要。
山で獲物を獲ることもあれば、家畜を食べることもある。
三方が海で海産物は豊富。

こうした自然の恵みを受け取れるコトに関しては、余所と一緒です。

要となる加工と保存


何よりも自給自足の文化の要になるのは、加工技術と保存技術。
これが残っているかどうかは、とても重要。

そのままでは食べられない山菜を、重曹を使ってあくを抜いたりといった何でもないことも、家庭の食文化の中で普通に活きている。

食べきれなかった食品を、干したり、塩漬けにしたり、発酵させたり、そういった技術が地域の年配の方々を中心に普通に伝えられてきた。

こうした技術こそが自給自足の文化の最も重要な部分だし、それがこの時代においても、まだ家庭の食卓に届くレベルで受け継がれている男鹿半島は、とても幸運な地域だと言えます。

自給という新しいライフスタイル


もちろん、スーパーで買った食品を食べるコトが多くなったことは間違いないです。
生の食品の加工・保存がほとんどできない若い世代も増えました。
こっちの方が楽だからと、そうした保存食を作らなくなった年配のヒトも増えました。

が、それぞれの旬の季節になれば、相変わらず山海の恵みが友人知人の間でやりとりされ、それらを加工し、保存したものを冬の間に頂く文化はまだ健在です。

今なら、この文化を活かした「自給」というライフスタイルをもう一度見直して取り入れていくことができるはず。

間違っちゃいけないのは、100%自給という、かつてのスタイルを取り戻そうとしないこと。
過去を取り戻そうとしないこと。

かつてのライフスタイルから、大事なエッセンスを受け継ぎ、それを自分のライフスタイルの大切なピースの一部として取り込むこと。

あくまでも新しいライフスタイルを自分で作っていくことが、必要とされている。

かつてのような、隔絶した半島という要件は解消されているものの、中央地域から圧倒的な距離があるという条件は変わらぬまま。

所と同じような経済競争をするには、圧倒的に不利です。

それを補える要件を、一つ一つ見つけて活かしていかないと、こんな辺鄙な田舎で暮らしていくのは容易ではないです。
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