国立競技場の建て替えコンペで、木材を多用するような設計が勝ち残ったようで、秋田県でも秋田杉を建材として使ってもらえるように、おおいにセールスしないとならぬ…というようなお話があちこちから聞こえてきました。

売れ残りの在庫が山積みされて困ってるんならともかく、一時の需要に売り込みをかけて受注を確保するコトにそんなに意味があるんだろうかと、個人的にはいぶかしがっております。

そんでもって、その矛先が森林関係者じゃなくて、県に向かってたりすると、単に行政に文句言いたいだけじゃないのかと。

一時の需要のリスク


一時の需要やブームに頼って事業を拡大すると、その後ろくなことにならないのは明らかです。

何かがブームになって、大量にモノが売れるようになった場合、生産も、流通も、小売も、それに対して大きなリソースを投入して売上と利益の確保にやっきになります。

それは経済活動としてまっとうなコトですが、問題はその後。

ブームが過ぎ去れば、一気に生産、流通、小売も縮小して、また別の売れるモノにその場を譲ります。

流通や小売であれば、扱うモノを入れ替えればいいんでしょうが、生産の現場そう簡単にいきません。

余剰になった在庫や資材の処分、生産設備の変更、生産労働者の調整と、ブームの終焉に待ってるものは、そんな生易しいものではなく。
そこまで見越した利益があげられなかった現場に次はないです。

さらには、その現場が農林水産に絡む場合は、さらに悲惨な状況になるのが見えています。
大量生産に合わせて拡充した施設や設備の大半が余剰になった上に、資源自体が荒らせれてしまっては、そもそも通常の生産活動にも支障をきたします。

コメが売れなくなったからといって、簡単に畑にはならない。
大量に採りすぎれば山から山菜もきのこもなくなったり。
男鹿半島だって、ハタハタの資源枯渇は憂慮されるレベルになってます。
過剰伐採で荒れた山を復活させるには人一人の人生じゃ足りません。

今回の国立競技場建設ように、一時の大量受注に対応するためには、明らかに追加のリソースが必要です。
ヒトも、モノも、ハコも。

建設が終わった後に、それらのヒト、モノ、ハコが活用される需要が見通せないのなら、一時の需要にのってリソースを拡充するのは非常に危険。
やめといた方が利口です。

地道な需要拡大が必要


結局、飯の種を創るっていうのは簡単じゃないんです。
確実な需要の拡大を、少しづつ仕掛けていくしか無い。
主に生産者自身で。

ブームになれば、確かに一時の売上も利益も向上するだろうけど、その後に訪れる余剰リソースのコトを考えれば、賢い選択じゃない。
売り逃げができる流通、小売の方々はともかく、生産者はうかつに乗るべきじゃない。

世知辛いこの世の中、公共工事のような安易な手段に縋りたくなる気持ちはわからんでもないですが、そんなんで問題が解決できるようなら、それはそれで味気ない気がします。

せっかくの人生なので、もっとじっくり味わいたいモノであります。

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