化石燃料をバリバリ使うっていうのは、あんましスマートじゃない。
地球が46億年かけてためこんだ資産(ちと表現がオーバーですが…)を、湯水の如く使う行為は、親の遺産を食いつぶす道楽息子の姿と何ら変わらない。
自分もその道楽息子の中の一人な訳なので、そんなに大きな声では言えたものではないですが。

風車や、ソーラー等の自然エネルギーは、今の先進国の豊かな暮らしを支えるには、あまりにもささやかで、安定性に欠けるというのは、その通りだと思うものの、そのささやかな枠内で頑張るっていうのもクールなんじゃないかと思う今日この頃。

少なくとも、親の遺産が有限である限りは、いつまでも道楽息子のままじゃいられない。

自分らが子供の頃から、石油はやがてなくなるっていうのは言われてきたけど、採掘技術の発展で、その期限はどんどん先送りできている現状。
アメリカではシェールガスだとか、日本でもメタンハイドレードとか、石油以外でも今まで取れなかったモノが取れるようになってきてる。
悪い話ではないけれど、この期限延長も、いつかは全資源の枯渇という最後を迎える。
少なくとも入手するためのコスト上昇は避けらない。

結局は、親の資産を食いつぶしていく姿に変わりはないのだ。

大きなスケールで見れば、地球が外からのエネルギー供給を受けられるのは太陽光のみ。
その恩恵を、植物がカロリーに変換してくれてるから、地球上のあらゆる生物は生存していける。
化石燃料だって、もとを正せば動物や植物の死骸の蓄積でしたものが、地球スケールの時間軸の中で生成されたに過ぎない。
ソーラー、風車、潮力といった自然エネルギーをベースにした発電も、これまた太陽光によるエネルギーを気象現象を介在して発電してるに過ぎない。

日本だけで限ってみても、自分たちの代で使えるエネルギーの総量を見極めずに進んでいけば、どこかで破綻するだろうっていうのは、今、制度設計のあらゆる部分でもも見られることだけど、エネルギーに関しては、その最たる部分な気がする。

薪ストーブやペレットストーブといった植物系燃料が、少しずつ注目を集めてる。
石油のコスト上昇によって、ペレットストーブの方が燃料代の節約になる状況だとか。
コストがどうこうという話じゃなくても、はるか遠くの産油国にお金を払うんじゃなくて、地元の林業者、製材所にお金を回すスタイルは、クールだと思う。

これから先の将来や、いざという時のコトまで考えると、何処にお金を使うべきかというのは熟考すべき時代。
かつての経済発展一辺倒で進める時代は、もう過ぎ去りかけてる。
少なくとも、国全体が反転すれば、地方もその恩恵に預かれる、という話ももう来ないのだろう。
もちろん男鹿も。
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