科学について、みんな誤解してる。

科学的な根拠…といいながら、不十分なサンプル数で、検証回数も足りないデータを持ちだして、何かしらの効果があることを喧伝する輩の多いこと。

都合よく使われてる科学


科学的根拠というのは、隠された真実を発見する…という劇的なものじゃあない。
自分の主張したい事実に関して、都合のよいデータを整えるのを科学とは言わない。

独自の仮説を組み立てて、それを実験し、検証し、それを広く発表し、さらに多くの研究者の手によって、条件を変え、サンプル数を広げ、繰り返し検証をして、あらゆるケースを想定して実験を繰り返し、少しづつ「確からしさ」を積み上げていく。

たくさんのケース、多くの極限状態において通用するから、科学的に正しいと言える。
1つ2つのケースじゃ、ぜんぜん足りなくて、それは特殊条件下の例外的な結果でしかない。

科学的根拠を証明する作業って、すごい地味で、手間暇かかるものなんですよ。
決して一朝一夕に新事実が明らかになるわけじゃない。

無いことは証明しなくていい


こんなコトを言うと、100%否定する根拠がない以上、可能性は0ではないなんて言い出す。
可能性が0ではない程度のことを、新事実かのように喧伝するのは、それこそ可笑しいだろう。

科学というのは「事実である証拠」を、様々な方法を元に積み上げて証明するものであって、それが「事実で無い」ことを断言するための論拠は求めなくていいんです。
可能性が0であることを証明する必要はないんですよ。

「事実で無い」ことを証明することは悪魔の証明であって、そんな事に注ぐリソースは無い。

オカルト信奉者は、証拠の積みあがっていない、自分に都合の良い事象を喧伝し、反論者には、それが「事実で無い」ことを証明しみろと言う。
これはもう科学ではなくて、ただのオカルトです。

無視しましょう。

地味にいこう


世の中、自分に都合のいい主張をしたい…というのは誰しもあるんだろうけど、その根拠を科学に求めるんなら、その使い方を間違っちゃいけない。

地味なんですよ…科学って。
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