つい最近、お国が教育現場で“スポーツ嫌い減らす”みたいな目標を立てて、大いに批判されてる様子で、そりゃぁそうだね…と。

この国では”学校体育”と”部活”しかスポーツの機会がなく、その現場で「スポーツを嫌いになる」要素が蔓延してる以上、たぶんお国の掲げる目標の達成は難しいかと。

体育教師はフィジカルエリート


体育教師の皆さんは基本的にフィジカルエリート。
もともとの運動能力は高い。
職業柄当然なんですが、結果として、運動が苦手な人のメンタルをあまり理解できていない…というのが自分の感想。

人格云々という話ではなくて、本人の経験としてそーゆーコトに直面しないので。

そうした体育教師の方から、真面目にやってちゃんと結果出せ…的なプレッシャー出されると、運動能力の低い子供からはやる気が奪われる。

「結果が出ない=不真面目」とか見られてた気がする。

たとえば球技が苦手な人って、たいてい動体視力が悪いのが最大要因で、これって真面目にやれば克服できるわけじゃなくて、練習で大きく改善できるものでもない。

体育の大きな目的の一つの「体を動かして健康維持に寄与する」のに、必ずしも結果を伴わせる必要はないんだけど、そのへんがフィジカルエリートの方々にはイマイチご理解いただけないのかも。

このへんの、学校の体育で、真面目にやれ~結果出せ~成績上げろ~的な空気をまず取り除かないと。

部活に偏るスポーツ経験


そして、この国のスポーツにおいて、非常に支配的なポジションにあるのが学校の部活。
ほとんどの人が、ここでしか継続的なスポーツを経験することが無いってのは、ちょっと異常だと思うけど、この国ではそれが普通。

学校の部活だと、結果を出すこと、成績を残すことへの要求度やりリソースの集中度が異様。

学校も、教師も、指導者も、保護者も、一生懸命練習に打ち込ませ、親もサポートに忙殺され、その上で地区予選を勝ち抜いて全国大会で活躍…っていう構図が唯一の部活の形態としてあちこちで行われてる。

ところがスポーツに関して言うと、結果を出せる人間というのは、素質があって、環境と指導者に恵まれた一部の人に限られます。

たぶん、数にして全体の1割に満たない。

大多数の人間は、さしたる成績を出せずに部活を終えていくのが普通。
万年補欠が普通です。

部活に携わった半数の人間が、全体平均よりも成績が下…っていう統計学的にあたりまえの分布になることが理解されていない。

なのに、基本的に成績を元に評価されるというのは異常すぎなんですが。

故に、学校の部活が終わった途端に、スポーツとの縁が切れる人が多いのはある意味当然で、こんな環境でスポーツが好きになれるわけがない…と。

”部活”が、他人と競うための道具にしか使われていないくて、これはそもそもスポーツじゃないだろう…と。

子供は遊んでた方がいい


自分は、部活はぜんぜん真面目にやってなくて、中学の時に廃部寸前の軟式庭球で好き勝手やってたぐらい。
先輩がゼロだったので、真面目な練習をしてた記憶がほとんどない。

まぁ、だいたいが自転車で遊んでました。

結果として、それが今の運動習慣に繋がってますし、学校体育や部活の経験が希薄な故に、学校外での遊びが自分の中のスポーツ文化として根付いたと感じてます。

これはこれで幸運なコトだったと思う。

たぶん、一生懸命部活に打ち込んで、逆に自転車で遊びまわってなければ、今よりもっと不健康な人生を送ってた可能性は非常に高い。

運動音痴であったが故に、運動習慣が根付いたわけで、このあたりはフィジカルエリートや学校教育な携わる人には理解できない話かも。

ん~、でも理解してください。
こっちに属する人の数の方が圧倒的に多いんですから。

スポーツは楽しめればそれでよい


スポーツってのは、部活や競争のためにあるんじゃなくて、スポーツが楽しいと思える瞬間があるかないかがもっと重要。

結果も、成績も、二の次です。

それがあった上で、体を動かす機会が日常的になれば、良好な健康状態を維持するのには多いに助けになります。

また、部活に専念することで、たくさんある多くのスポーツに触れる機会が少なくなるのも大きなマイナスポイント。
スポーツによって、その適正は全く異なりますし、たまたま入った部活に向いてないのに、ずーっと補欠のまま3年間過ごすのは、もしかしたら別のスポーツで楽しめる人生をみすみす失ってることになる。

比較的自分に向いた競技と出会えた場合、一生を通じて付き合える。
その可能性はもっと多様に模索できるべき。

それがある人と無い人では、後々の人生での、健康やメンタルにおける充実度が全く違いますので。

スポーツを「楽しい」と感じる機会をもっと増やす。
多くのスポーツに触れられる機会を増やす。
結果も成績もスポーツとは関係ないという認識を一般化させる。

たぶん、そうしたことを進めた方が、全体としてスポーツ人口は増えるだろうし、スポーツ人口が増えれば、競技としての成績も向上する。

結果にガツガツしない方が、結果が出る。

好きな人を増やすよりも、嫌いになってしまう要因を取り除くことが、まずは先決。
まぁ難しいとは思いますが、やならにといつまでたってもスポーツ劣等文化のままですよ。
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