先日、お手伝いに行ってきた空き家の活用云々という集まりで、参加者の中には、「少しでも人口減少を食い止められれば」という話をする方がいらっしゃって。

たしかお役所の方だったかな?

人が減るっていうのは確かに寂しい話しだけど、今の人口減少ってのは別に悪いことでもないって考えもある。

「人口減少」は正確には「人口適正化」ではないか?

現状でも多すぎ


この地域に、どのぐらいの人口規模が適正なのか…自分は、男鹿市の人口3万人って、現状でも多いんじゃないかとは思う。

例えば、市役所のある船川地区がこれまで発展してきたのは、一言で言えば国の港湾整備事業に乗っかってきただけとも言える。
今でも、国家石油備蓄基地絡みの税収が無ければ自治体としては相当に厳しい。

大きな産業の元になるようなものはなく、一時、林業が発展して森林鉄道なんかもあったようだが、現状ではそれで稼ぎを生み出すビジネスモデルもない。

発掘する資源もなく、余所に勝る製造業もなく、時代を牽引する技術力もない地域であることを考えれば、この地域が経済的な発展を成し遂げていくというコトは考えにくい。

カネが無ければ、多くの人口を養えないというのは単純な話。

とすれば、適正人口は、もっともっと少ない規模と考えるべき。

現状でも多すぎだと。

少人口社会


自給自足に戻ることを推奨するというわけでは無いものの、経済的発展を目指すには、それなりの諸条件が必要で、それが現状において不足してることは認めるべき。

資源なし、工業なし、技術なしでも、成立しうる産業はあるわけだけど、その規模は現状よりも遥かに小さい。

全員が自給自足をするなんていうのは現実的では無いものの、地域内で必要な食料生産を行うという仕組みづくりをすることで、不足する経済力を補う方法もあるはず。

同じ自給自足であっても、通信や物流が大幅に発展してる現代では100年前とは全く違うスタイルで行える。

その方法を模索することにもっとリソースを割くべきだと思う。

ここらで少々あがいた程度で「人口減少」が食い止められるとか簡単に考えるほうが、よっぽど危険。

少ない人口で成立する社会を造る前に、人口減少が本格化したら、間違いなく地域は消滅する。

等身大の生活へ


だいたい皆んな分かっていて黙っているんだと思うけど、このお国は、必要上に発展しすぎたし、膨張しすぎたし、ヒトも増えすぎたし、モノも溢れた。

何もかも過剰。

それでもなお発展を目指せば、将来世代の取り分や稼ぎまでを大幅に取り崩してしまうし、既にそうなってる。
そこまでして、今を取り繕う必要は無いと思う。

今の自分達の取り分を弁えて、今の自分達の必要分を考え、そこに合わせて生き方を組み直すコトぐらいはできるはず。

等身大の生活…人間はどんなに頑張ったって一人分の人生しか生きられないんだし。

まぁ、できなきゃ、このまま消滅していくだけなんで、たいした問題ってわけでもないんですけど。
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