ちょいといい対談番組を見て、今も余韻に浸ってます。
有名な音楽家と、著名な生物学者。

人間の体も分子レベルで図ると、一年ほどで全て別の分子と置き替わってる。
このへんはそこらでもよくある話だけど、ポイントは「壊す」働きに着眼してるトコ。



破壊と再生なんて言い方をすると、全てをいったん灰にして、ゼロスタートするようなイメージがあるけど、実際にはもっと地味。

体の中のほんの一部の分子が分解されて、その欠損部分を埋めるように少しづつ新しい分子が生み出される。

その両方のサイクルが成立して初めて生物は生きていけるわけで、このへんは、「生きる」ことと「変わっていく」ことのイメージがいいあんばいにオーバーラップして、なかなかに良い問いかけでした。

「変わる」ことで生き延びる


実際、この考え方は生物だけじゃなくて、組織や、プロジェクト、仕組みに共通するものと考えていいと思ってる。

「壊す」のほか「止める」「変わる」というような意味合いも含めて。

変化しない…変化に対応できない組織というのは、やはり劣化する。
劣化した部分を少しづつ壊して、新しいものに取り換えていく仕組みが絶対に必要。

そうした「壊す」ことへの躊躇の無さがあればこそ、総体として機能を維持できるし、時代に合わせたアップデートにより劣化を進化に変えていける。

ところが劣化を受け入れずに、強固に現状維持を続けても、最後には破滅的な全体破壊が待っているだけ。

全体破壊を起こした場合、そこには発生する損失は多大だし、そこからの再生には大きなリソースも必要になる。
場合によっては、再生ができずに消滅するコトだってありえる。

つまるところ、「変わる」ことができない仕組みは「消滅」を回避できないという当たり前の理屈で、「消滅」はやはり大きな損失だ。

22年間、現役で働くマイバイク


我が家に22年前からある一台の自転車。

当時のMTBブームに乗って購入した、別にプレミアがつくような素晴らしい自転車じゃなくて大量生産で生み出されたありふれた一台。
もちろん、まだ現役。

各所のパーツは劣化したものから順次入れ替え、購入当時のままなのはフレームとフォーク、ハンドルのみ。

現状、後から追加したパーツによって購入時以上の機能を実現してる。
変速は7段から9段へ、ブレーキはカンチブレーキからVブレーキへ…などなど。

そうした入れ替えを拒否して、劣化したブレーキや駆動系を使い続けていたら、今頃事故を起こしてるか、致命的な故障によって廃棄されたであろうことは間違いない。

変えていくことに躊躇なかったから、今でも現役で使えてる。
モノを大事に、長く使うというのはそういうコトだと思う。

伝統ほど変化に柔軟


100年、200年あるいはそれ以上の長きに渡って続いてきたものほど、変化に柔軟だったのではないかというのが自分の仮説。

たった10年、20年程度のことは対象外。

伝統的な習慣、お祭り、工芸、老舗、などなど、それを現代に伝えてきた人たちこそ、小さな変化を厭わなかったんじゃないかと思ってる。

昔からの仕来りを完全コピーするだけじゃなくて、その時代に合わせた微調整を上手くこなしてきたからこそ、現代までその精神を伝え続けることができた。

時代に適合できずに、多くの「かつで伝統であったもの」が消えていったのは間違いない。

あらゆる組織や仕組みが、環境の大きな変化によって「変わる」ことを要求されつつ、それに対応しきれていない事象にあふれてる現代。
こうした生物学的なアプローチからの、柔軟な変化をしていければ…と未来への希望が湧いてくるような良質な対談でした。

さすがのお二人です。
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット