昨年、ル・マン24hでラスト3分でエンジンストップという悔しい負け方をしたTOYOTA。

雪辱を期して臨んだ今年のル・マン24hも、早い段階で2台がリタイアし、残りの1台も9位という順位で、雪辱ならず。

モータースポーツファンの日本人としては悔しい結末。

ただ、この結果をマスコミがどう書こうが、TOYOTAの広報がどう伝えようが、変わらない事実として、レースにおいて勝者はだだ一人で、それ以外の全員が敗者である…ということ。

負けるのが普通


優勝車が一台しかない以上は、普通は負けるんである。
何か特別な要因があるわけじゃなく。
不運にもリタイアいうのもレースにおいて普通のコト。
悲劇でも何でもないんである。

負けるのが普通だから「勝ち」に価値があるというあたり前の話。

去年のようにラストラップにリタイアしようが、今年のようにレース中盤でリタイアしようが、負けは負け。

その結果を受け止めて、次も挑むなら応援するし。
勝ち目なしとか、費用対効果が釣り合わないとか判断して撤退するならそれまでだし。

個人的には、去年の悔しい負けがあるからこそ、今年は普通に負けて、これはこれで良い結果の一つだったんじゃないかと思ってる。

負けの中にもある価値


何十年もレースに参戦してても1勝もできないでいるチームなんてザラだ。
そうしたチームが負けの中にどんな価値を見出し、何故参戦し続けるか…それは同じように何度も負けないことには絶対に分からない。

大メーカーが、予算に物を言わせてハイスペックな車両を開発し、トップドライバーを揃えれば、数年で勝てる…なんていうのが一般認識になっても、それはそれで味気ない。

メーカー側にとっても、金をかければ勝てる…なんていう認識で参戦してても、レース文化の発展には貢献できないし、勝てば満足して早々に撤退しかねない。

去年あれだけ詳しい思いをして、今年早々に雪辱を果たした…っていうのはドラマにはなるし、ニュースにもなるし、メーカー広報としてもうれしいだろうけど、それで満足されて撤退されたら、全くつまんないし。

こうしたレースにおいて、何より重要なのは、そこから生み出される文化だし、それを本気で楽しむファンの存在だ。

そのためには「負け方」を覚えること。
形は様々だろうけど、長い期間にわたってレースに関わっていくコトが一番重要というのが私の思うところではある。
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