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アルコールの適性摂取量を太古の昔を基準に考える

昨日は、友達と夜遅くまで二人呑み。
酒量自体は、そんなでもないかと思ったけど、2時まで話し込んでたせいか、今日の午前中のパフォーマンスはボロボロ。
まぁ、自転車ででかけるとか、そういうわけではないので、ボロボロのまま稼働してる冬の一日。

ふと思うことがあるのは、人間の食習慣というのは、個人の嗜好をベースにした習慣と、太古の昔から受け継がれた体質をベースにした習慣と二通りはあるのだと思う。

例えば、同じ程度お酒を飲める人であっても、かたや毎晩のように晩酌し、かたや月に1,2度、付き合いで飲むにとどまる人がいたり。

「お酒が美味しい」「酔うと楽しい」という個人の嗜好をベースにした人は、やはり酒量が多い。
ところが太古の昔から受け継がれてきた体質という考えをすると、それこそ大昔は酒造技術が未熟であって、その時代は摂取する量としては、現在の晩酌に比べれば、たいしたことなかったんだろう、と考えられる。

実際、酒量が多い人は、やはり肝臓はじめ内蔵疾患に苦しめられる人も多いようで。
自分は、昔SEという、朝から晩までオフィスの中でPCでコードを作りこむ仕事をこなしていたのだが、当時の上司(自分より年配の世代)の机の上には、2Lの水のペットボトルをよく見かけた。
お酒が元で肝臓を壊し、医者から一日2Lの水を飲むことを厳命されたいたらしい。
でなければ死ぬぞ、と。

食品や飲料の適性な摂取量を考える場合、太古の昔、この飲食物の材料はどのぐらい採取され、どのぐらい製造され、どの程度食べることが可能だったのかを考えると、おのずと摂取の適正量が見えてくるかもしれない。
お酒以外にも、肉類や、砂糖を使った食品などは、現在は無制限に摂取量が増えているような気がする。

なお、本記事は二日酔い寸前の戯言であるので、特に記事内の事象に関して裏付け等は取ってないので、鵜呑みにしないように。


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Published in 雑記

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