タイトルに書いた内容の閃きがあったので書いときます。

ジオパーク講習会


先日、久しぶりにジオパークの講習会に行ってきまして、座学とフィールドワークに出掛けて、ほとんど忘れかかってた内容のおさらいで1日過ごしてきました。

こうした講習会で、様々な地質学的な「知識」を吸収することは決して悪いコトではないんですが、何かもっと面白いコトがあるような気がしてしてまして、それがタイトルにも書いた「知性」っていうコトなのかと。

「知識」としてのジオパーク


ジオパークにしろ、地質学にしろ、最もダイナミックで、最もエキサイティングな瞬間というのは、人類が登場する遙かな昔に、もう既に終わってしまってるんですね。

今とは全く違った大陸の姿に、日本列島の影も形も無い太古の地図。
仮に人類がいれば、その場で絶滅してしまうほどの、超巨大で破局的な火山噴火。
そうした、人間のタイムスケールを遙かに超える長きにわたって繰り広げられた、地球の歴史。

今でこそ、それらは過去の研究の成果として「知識」として得るコトが可能ですが、それらは全て、現在の地球に残された僅かな痕跡から、研究者の努力によって一つの形を為したモノ。
決して、どこかの書物にあったものを引用してきたわけではない。

学問の面白さっていうのは、実はそこです。

人間のタイムスケールを遙かに超える過去に行われた大地の激動を、今に残されてる僅かな痕跡から推測して、組み立てて、筋を通していく作業。

その作業を行う知性こそがジオパークの本懐なんじゃなかろうか。

ジオパークの活用


日本は、太平洋外縁で4つのプレート境界という、地質学的には未だなお変化の起こりうる現在進行形のジオパークとしてはうってつけの素材が多数存在する。

現実に、火山活動であったり、地震であったりと、地下深くで起こっている様々な自然現象が私達の生活に与える影響も少なくない。

そのせいなのか、これを観光であったり、地場産業であったり、防災活動であったり、そうしたモノに結びつけて活用していこうという動きが見えてきた。
ジオの知識を元に、自分達の地域を解説し、その上に成り立っている自分達の暮らしや特色を観光などに活かそうとする動きだ。

その考え方自体は間違ってないし、それ自体はどんどん進めていいと思うモノの、それはジオパークの本懐とは少し離れた活用事例の一つでしかない…という気がしてる。

実際のトコロ、そうした動きが盛んになって、あらゆる事柄にジオパークが絡んでしまうと、それこそジオパークにとっての意味づけが希薄になる。
あれもジオ、これもジオ、みんなジオでは、ジオが無いのと一緒になってしまう。

やはり本懐は、本懐として、きちんとしておきたい。

「知性」で楽しむ


過去の地球の激動の歴史を紐解き、編み直していくという、ジオの本懐に触れられる取り組みというのが欲しい。

自分の中の「知性」を意識して、刺激し、そこから新しい「知識」を生み出すスキルを身につけられる…そんな楽しみ方を覚えたい。

何かを得る楽しみだけでなく、生み出すコトを楽しむ…そういうコアな部分があっていいと思うし、そうしたコアな部分がなければ続かないと思ってる。

スゴく刺激的で、とてつもなくクリエイティブで、何よりも人に伝わりやすい「熱」を発してるコアが。

そうした「熱」を楽しむことができる要素が、ジオパークという素材には含まれてると思う。
ここは、できれば見逃したくない。
決して大人数ではないだろうけども。

正直、「知性を楽しむ」なんて簡単に言っても、そうそう簡単な話ではないと思うけど、そうした簡単でない部分に取り組んでこその、深みのある、意味のある取り組みになっていくのは間違いない。

誰しもが手にできるわけではないと思うけれども、「知性」を刺激され、「知性」を発揮するという面白み…これって、まだ誰も手を付けてない、美味しい領域だと思う。
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