もう記事タイトルの通りです。
なまはげが「おもてなし」ってあり得ません。

客を威圧し、威嚇し、委縮させることはあっても、やさしく「おもてなし」をする存在ではないのです。
ゆるキャラではないのですから。

日本は神様がいっぱい住んでいて、多神教文化(厳密には違うんでしょうが)が根付いていますが、その中でも「荒ぶる神様」というのもザラにいます。
そうした神様の存在意義は「荒ぶる神様」として、人々から畏怖されてこその意味があるのであって、変になれ合いをしてしまえば、そこには「荒ぶる神様」の意味などありません。
存在意義を失った神様など、やがて衰退して消えていきます。

なまはげも同様です。
自分は、なまはげが神様であるというのには納得できない派の一人ですが、その議論云々は別にしても、なまはげは「荒ぶる存在」であって、決してなれ合ってはならない存在です。
握手したり、頭をなでたり、やさしい言葉をかけたりしちゃダメです。

自然や人間社会には、そうした怖い存在があることを体現することに意味があるのに、変に優しかったり、いい人ぶってしまったり、台無しです。
このご時世、さすがに怪我までさせるわけにはいきませんが、泣かされて、二度と来るもんか、ぐらいの印象を残すのがちょうどいいと思います。
そうゆう人が、意外と何度も訪れてくれたりします。
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コメント

コメント一覧

    • 1. T.KASHI
    • 2013年12月21日 21:47
    •  お久しぶりです。私も、なまはげが飴っこ配ると聞いて、悲しい気がしました。なまはげが観光に利用されるのは悪いとは思いませんが、やはり、本来の威厳とか、おどろおどろしさを失わないで欲しいと思います。
       でも、なまはげの扮装をして、お出迎えに行って威嚇の声を張り上げるだけでいるのもなまはげ役の人には辛そうです。いっそ、なまはげは男鹿から出ないほうが良いのではと思ったりします。
       人形や画像や音声や照明を工夫して、恐ろしさを強調するお出迎えなどは出来ないものでしょうかね。お金かかりますかね。
       私は男鹿出身ではなく、嫁に来たときには既にかなりゆるいなまはげになっていたようですので、本当に恐ろしいなまはげを知らないからこんな悠長なことを言っているのかもしれませんが、伝統はもっと大事にした方が良いのではないかと思います。

       男鹿の人に限らず、日本人はあまり独自の文化を大事にしなくなっているように思います。例えば、恵方巻きなんて数年前までは食べませんでしたよね。私も偏屈なので、恵方巻きの宣伝が店先に出る頃になると、なにやら腹立たしくて、恵方に向かって「阿呆ぅ~!」と叫びたくなります。でも、災難が降りかかるといけないからそこまではしませんけど・・・・

       それからハローウィンも嫌ですね。ハローなんて親しげにやってきて、ウィンなんて勝ったつもりになるなぁ!(つづり違うかもしれないけれど)日本にはお盆があるでしょ!なんて思います。

       クリスマスでは、キリスト教徒でもないのにケーキ食べますけどね。節操無いです。

       偏屈になったのは年取ったせいでしょうかね。

      何はともあれ、なまはげの個性は潰さないでほしいですね。
       
    • 2. ginncha
    • 2013年12月22日 09:52
    • T.KASHIさん。
      コメントありがとうございます。

      おっしゃるとおり、観光に利用されること自体が悪いことではないのですが、他所のゆるキャラと同じような利用の仕方をしていれば、他所と同じ程度の存在に成り下がるだけだと思ってます。
      他所にない「なまはげ」でしか出来ないことをやってもらうための努力と知恵が必要なんだと思ってます。
      そういう方向性があれば、自分も含めていろいろな人の理解も得られるんじゃないかと考えてますが、現状はただ見た目のインパクトだけを都合よく使われてるだけ…に留まっていて残念です。

      今の世の中、短期間で成果が出ないものを、どんどん切り捨ててる感じなのは残念だと思ってます。
      独自文化には、その土地、地域で、時代にとらわれない有益物なはずなのに、新しいモノと、古いモノのバランスをもっと上手くとれれば、とはいつも思います。
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