「ここは譲れません」

いきなりな台詞ですが、人間、誰だって、譲れないコトぐらいあります。

こだわりだったり、信念だったり、立ち位置だったり、基本だったり。

じぶん一人で物事を進める場合においては、譲れないことは譲らなくてもいいわけですが、集団や組織で動く場合には、そーゆー訳にはいかない場合も多々。

その場合、強行に主張を繰り返すのも方法の一つですが、あえて「譲ってしまう」というのも議論の進め方の一つ。
それも、相手よりも先に譲る。
それで結果が良い場合もあるので、人間って面白い。

何が譲れないかを吟味する


とはいえ、何もかも諦めるかのように、まるまる譲るんじゃダメです。
それでは意味が無い。

人間って、一度譲れないと決め込んだら、それに対する再検討とか、再吟味することなく、一定の線を引いてしまいがち。
譲れない部分を広げると本人的には楽…っていうのもありますし。

ですが、いざ譲る、譲れないという話になってくると、そこに再検討、再吟味というプロセスが生まれます。

ここは本当に譲れない。
ここは付随した話で本質ではない。
などなど。

ひとつひとつ吟味するコトで、自分が譲れないと思っていた部分に対して、さらに深い考えが生まれる。

自分が譲れないと思っていたコトに対して、細かく分解して、子細に考えながら、徹底的に吟味するコトが必要。

「譲れない」と思っていた部分に自由度を見つけることは、自分に対しての縛りを解くことにもなり、自分の動きを加速させるきっかけにもなりうる。

場合によっては、何か別に本当に譲れないコトがあって、自分が譲れないと思っていたコトは、それの表面的な部分に過ぎないっていうことに気付く場合だってあるかもしれない。

そうした自分の中の思考の気づきが得られるなら、少々のコトを譲るコトは全然問題じゃなかったりする。

自分の土俵で議論できる


自分が譲れない…と思っている領域というのは、自分の得意分野、自分のテリトリー。

そこを譲るコトで、議論の場所を、自分の土俵に誘導できるというメリットがあります。

一歩引くことで、自分が有利な領域に相手を誘い込むことができる。
なんか兵法みたくなってきました。

議論の主導権を握ることができれば、話を主導して、一定の結論に誘導できます。
細かい条件において、自分に有利な結果を引き出すこともできるでしょうし、そうした結論に相手がメリットを感じないようなら、こちらが譲った領域を、まるまる相手が諦める場合だってあります。

人間どうしの話し合いって、譲った方がメリットが多い場合もありますし、譲ったことで、譲れないことを守れたりするから、ホント面白いです。

いずれにしろ、お互いに「ここは譲れません」の一点張りになってしまっては、議論にもなりませんし、話し合いにもなりません。
それでは、実現できる結果も、手に入るはずの成果も逃してしまうことになります。

今話し合ってるのは、何を目指してのコトなのかを、きちんと意識すれば、相手より先に譲歩することで得るものもあるっていうこと。

余談


Twitterで見かけた、某身代金テロ事件の交渉に関して、関西の中小企業の社長さん曰く「まず、最初に大声で払うって言わんと、交渉の主導権を握られへん」って。

なるほどなぁ~ってね。
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