「ナマハゲは、大みそかに一年の厄を祓う来訪神でありありがたいものである」

というのは違うと思っています。
始めに言っておきますが、だから無くなってもよいという論旨ではなくて、だからこそ残っていくと考えていますし、そうなってほしいと思っています。

元来、ありがたい存在ではない


そもそも、ナマハゲのルーツの諸説の中で、ありがたい神様というポジションは一つもありません。
どちらかというと、社会からのはみ出し者、厄介者という方が多いです。
有名な五社堂の999段の伝説にしても、乱暴略奪を繰り返す鬼を、取引(と天邪鬼による騙し)でやり込めるお話で、そこには鬼の側についても、人間の側についても、ありがたい神様のような存在は出てきません。
ナマハゲをありがたい神様のように扱うようになったのは、ほんとに最近のお話だと思います。

最近のナマハゲに関する主張の核は、ナマハゲは厄を祓い、子供を脅かして躾をし、親が庇うことで絆を実感する、というスタイルだと思います。
ですが、自分が子供のころは「子供を脅かす」以外の部分に関しては、そういった認識を持ったことはありません。
子供の時に感じたのは、こちらには脅かされる特段の理由もないのに、毎年必ずやってきてしったげごしゃがれる理不尽極まりない存在、とい感じです。
ありがたいと思ったことは一度もなく、大晦日が近づくとひらすら憂鬱になった記憶があります。

対外的な方便


おそらく、こういった理不尽な存在であるという話にしてしまうと、ともすれば児童虐待であるなどとクレームを入れる輩もいるでしょうし、対外的な説明がしずらいと感じた行政(特に教育関係)の方々が編み出した方便が「ありがたい来訪神」という解釈なんだと思います。
その解釈なら「児童虐待」ではなく「子供の躾」という説明も可能ですし、教育的なメリットも強調できます。

つまり「メリットがあるから今後も存続させていくべき」という主張ですが、ここには大きな落とし穴がありました。
これは「メリットがなくなれば、存続させる必要はない」という主張と同じことだったのです。

存在理由を失いつつあるナマハゲ


最近のナマハゲは、大晦日に家々を回るスタイルは変わりませんが、子供を脅かして躾をするという役割は失われつつあります。
玄関先だけで気勢を上げてもらうだけで終わったり、家にいれてもナマハゲは子供に強い口調で言い含めるだけで、昔のように腕を引っ張って家の外まで連れ出したり、麻袋を被されて担がれたりというようなことは稀なようです。
きちんと返事をした子供の頭を撫でたり、握手をしたり、というフレンドリーな行事へと変貌しているようです。
「子供の躾を行う」というメリットをナマハゲは失いつつあります。

こうなれば、ナマハゲは何のメリットもない上に、若い人からの受けも悪いし、もう止めようかと話になっておかしくないです。
実際、そうなっている地域も多々ありますし(もちろん、後継者不足という理由が一番の要因だとは思いますが)。

メリットを強調して存続を図ったものが、その後の社会の変化でメリットを失い、いよいよ存続の危機を迎えているのが現状です。
今となっては、昔からの伝統行事だから残すべき、以外の主張ができない状況です。

ナマハゲを残すべき理由


それでも、ナマハゲは残っていくべき存在だと思っています。
その為には「ありがたい来訪神」であるとか「子供の躾」というようなメリットは必要ありません。
ただ、ひたすらに理不尽に子供や嫁を脅し、迷惑をかけて暴れまわる存在に戻るだけでいいと思います。

人間社会にしろ、自然にしろ、メリットだけがある世界というのは存在しません。
恵みがあると同時に、理不尽な脅威も存在することで、世界のバランスが図られています。
その象徴であるナマハゲならば、存続させなければならないという特段の施策も必要もなく、ただ自然にそこに存在できると思っています。

やや抽象的な結びになるかと思いますが、つまりは、ナマハゲを残すべき合理的な理由は存在せず、そこには、ただ本来の姿であり続けるだけで自然に存在するものであり、時代と共に変化をする必要はもともとなかったということだと思います。

このテーマ、まぁ時期でもありますので、あとでもう少し書いておきたいと思います。
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コメント

コメント一覧

    • 1. T.KASHI
    • 2013年12月26日 22:23
    • 何度も失礼します。

       確かに、余計な理由は要らないかもしれませんね。しつけのため脅すなんていうのはなんだか、児童虐待をして子供を死に至らしめる親の言い分と似ているかもしれないし・・・

       最近は一人暮らしのお年寄りが多く、そんなお年寄りには、こちらのナマハゲは「ジッチャ豆でだが?来年も豆でれよ」と抱きしめてくれたりするそうです。だからお年寄りはとても待ちわびているそうです。

       あまりやさしくなってはナマハゲの本質からかけ離れたものになってしまうのでしょうけれども、こんな場合は優しくても良いかなと思います。
    • 2. ginncha
    • 2013年12月27日 15:55
    • もちろん。、時代と共に文化も風習も変わっていくのは当然のことなのですが、躾や神様という解釈は、ちょっと恣意的なものを感じていたので、こんな内容で書いてみました。
      一人暮らしのお年寄りという存在も、考えてみれば昔はそんなにいなかったでしょうし、難しいお話ではあるかと思います。
      抱きしめてあげるのなら、年に一度、面をつけた時だけっていのも寂しい気もしますし。
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