地方への移住の話をするときに「豊かな自然」をアピールする場面は多々ある。

ただし、そこで大事なのは、その「豊かな自然」にアクセスする手段があるのかどうか。

どんなに雄大な風景でも、遠くから眺めてるだけなら観光旅行と一緒、移住する必要はない。
その中に入って、その「豊かな自然」を身体で感じる手段が絶対的に必要。

ハード的アクセス手段


例えば、山であれば、そこに車(軽トラでいい)が通れる林道があるのか。
もちろん途中からは徒歩でしかいけなくても問題ない。
(個人的には自転車で通れれば凄く嬉しい…)

誰が手入れするかはともかく、放置された林道はあっという間に藪に埋もれる。
そこにアクセス手段があるということは、その山がまだ人にとって大事な場所であるという意味でもある。

あと、そこまで何分でいけるのか。
軽トラで1時間以上も揺られってたら、ちょっとキツい。

その意味では、男鹿半島は比較的サイズが手頃といえる。
ちょっと山道を歩くだけで、パッと見ではわからなかった自然にアクセスできるば場所が点在してる。

まぁ、それが故に余所から、山菜やキノコ採りに来られてしまうとかあるようですが。

海の場合は、まぁ見ての通りなので割愛。

ソフト的アクセス手段


でもって、一番大事なのはこっち。
その自然へのアクセス方法を提供する人がいるのかどうか。

別に、それを商売にしてなくていいので、移り住んできた人に、ここの自然へのアクセスや満喫しかたを伝える人は絶対に必要。
安全上の理由からもそう。

結局、どんな人が移り住んでこようとも、やはり地元の人間との交流は、そのヒトの人生の中で決して小さなコトでは無いはず。
多くのヒトの世話になることで、地元への恩義や愛情も育つだろうし、そうした気持ちがあればこそ、地域の中で充実した生活を営む基礎になる。

余所から来た人が充実した生活を送れること自体が、その地域がプラスになる大きな要因になるんだし、その意味では迎え入れる側の意識はとっても大事。

別に「おもてなし」なんて言う必要はないし、変に甘やかしてチヤホヤはしなくていいんで、その地に足がついた暮らし方を、少しずつ共有してけばいいと思う。

自然なんて、どこの田舎にもある


よく言われることだけど、自然なんて、どこの田舎にもある。

それ自体は、全くアピールポイントにならないが、その自然に対して、ハード的に、ソフト的に、どうアクセスできるかは、その地域によって全く違うし、それ自体が大きな差別化のポイントになる。

その辺を提供、共有できなきゃ、こんな地の果て男鹿半島に人なんかそうそう来ませんよ。
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