こらからの田舎に大事なことです。
これからなんて悠長な話じゃなくて、今すぐ、たった今という話でもあります。

上手く行き過ぎた前時代


正直、昭和の時代はあまりにも上手く行き過ぎました。
経済的にはっていう但し書きは付きますが。

それ故に、本当であれば世代間で行われるはずの、時代の譲渡、社会の譲渡、リソースの譲渡、当たり前の世代交代が大幅に遅れました。

「この時代、この国を、ここまで発展させたのは自分たちだ」という自負(その認識自体は間違いではない)から、本当であれば次の世代(子供や孫に限らない)に譲らなければならない、あらゆるモノやコトに執着してしまったことは否めない。
この時代、今までは集団に属していたリソースの多くが、個人に属するようになったのも、マイナスに働いたはず。

譲られなかった次世代


譲り受けられなかった多くの次世代は、前世代の社会にそのまま付き従うことが当然になった。
当然になったから、当然のことのように、本当であれば早くに生まれるはずであった次世代の価値は、生み出されるのが大きく遅れた。
今だに生まれてこれない価値が、たくさんあるんじゃないかと感じてる。

時代を生み出すのは、いつでも次世代の役割だ。
ただし無から有を生み出すのは容易なことではなく、そのための環境がどう整えられるかは結果を大きく左右する。

譲り受けられなかった次世代は、次世代なりに足掻き、苦悩しみながらも、必死に時代を生み出そうとしてるが、その結果は時代の期待に応えられるレベルには達していない。

この先どうする


前世代の責任がどうだって話じゃない。
次世代の努力がどうだった話じゃない。
今更、そうなった原因がどうこうっていう話じゃない。

本題はこれからの話だ。

これから地方や地域が存続するためのキーは「譲ること」と「譲られること」だ。

地域の衰退を何とかしたいなら、地域の中のリソースを如何に次世代に譲るかが非常に大事になる。
地域が新しい姿になっていくコトを、次世代に任せる覚悟が必要だ。

その役割は、地域で生まれた次世代の多くが都会に流出してしまった以上、出身者だけに限らず、外からの移住者や、外から訪れる来訪者にも任せざるおえない状況ではある。
外からの者であっても、信頼関係を築いた上で、地域の全てを譲り渡していく覚悟が必要だ。

そんなコトは許せないと考えるのは勝手だが、それでは地域を譲り受けてくれる人は誰もいなくなる。
その先に待ってるのは消滅だけだ。

譲り受ける覚悟


譲り受ける側にも覚悟が必要だ。

単純な経済的なモノサシで測れば、衰退した地方や地域を譲り受けるメリットは何も無い。
自分の故郷でもなければ尚更だし、自分の故郷であっても容易なコトでは無い。

この地域、この土地で生きていくのに何が適しているのか。
何を糧にすれば、この地で豊かで幸せな生活ができるのか。
今までのように収入がアップすればいい…なんていう単純なモノサシは通用しない。

真剣に悩み、躊躇なく実行していく。

そのインテリジェンスとバイタリティが無ければ、譲り受けるコトも容易では無い。

まぁ、たぶん、そういう譲渡が成立する地域はそんなには多くはなく、多くの地域が消滅するのは間違いないコトだ。
そうならないように、少なくとも自分の周りには動いていきたいし、そういう仲間づくりには注力したトコではある。
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